017 発展途上

 俺の考えた戦略はこうだ。


 まず、一つの作物を集中的に育てて出荷し、需要と供給のバランスを崩して相場を暴落させる。趣味でやっている個人農家は関係ないが、農業系の企業は大打撃を被るだろう。赤字転落は免れない。


 打撃を受けた企業は資金を調達する必要に迫られるだろう。そこで行われる金策といえば、自社株式の売却だ。一株、また一株と売りに出されていくだろう。そして浮動株比率が50%を超えたところで、俺が買収する。


 あとは買収した企業をクリフカンパニーの傘下に入れれば終了だ。クリフカンパニーは領主の直轄企業なので、子会社の儲けも領収にカウントされる。農業系の企業を牛耳って作物のシェアを拡大するだけでなく、領収も増えるってわけだ。


「まさに悪魔。資本主義が生み出した悪魔ね、クリフは」


 俺の計画を知ったフィリスは、まるでおぞましいものでも見るかのような目を向けてきた。


「そんな俺に買収されて喜んでいたのはどこのどいつかな?」


「だ、だって、レディ・ポーターズにとっては天使だったから……!」


「俺だってできれば皆で笑顔にいきたいが、独立にはタイムリミットがあるからな。他人のことを考える余裕はないのさ」


「それもそうね。1年でレクエルドをメモリアス級に発展させるなんて、道義的な面にこだわっていたら無理だもの」


「そういうことだ」


 俺は上空を探索していたガイアタイガーを呼び寄せて騎乗した。


「では企業の誘致に行ってくる」


 ミッションスタートだ。




 ◇




 レクエルドでは税金を取らないと言ったが、これには条件を設けていた。


 企業が税金ゼロを適用する為には、次のいずれかを満たす必要がある。


 1.税金ゼロ政策が打ち出されるより前からレクエルドで活動していた実績がある


 2.レクエルドで暮らす従業員の数が50人以上


 元々レクエルドにいたフィリスらは1が当てはまる。


 一方、新たに税金ゼロの恩恵を受けたい企業は2を満たさねばならない。


 ここでポイントになるのが従業員の数だ。50人はそれなりの数であり、例えば個人経営の酒場などは適用されない。


 これは規模の大きな企業を求めて付けた条件だ。規模が大きいということは、すなわち有名ということ。若者は無名の隠れ家的名店より、誰もが知っている有名ブランドの店を好む傾向にある。それに何より、有名な企業を誘致できれば箔が付く。


「――と考えているわけですが、いかがでしょうか? たしかにレクエルドは悲しいくらい田舎にある小さな町ですが、そこへ本社を移すだけで、かなりのコストダウンが見込めますよ。今、とんでもない額の税金を領に納めていますよね? それが浮きます、丸ごと」


「たしかにそうだ! よし、レクエルドに本社を移そう!」


 冒険者の頃から思っていたが、やり手の企業ほど経営者の判断が速い。


 おかげで、わずか数時間で100近い数の有名企業を誘致することに成功した。どこも二つ返事で快諾して、断るところは1社もなかった。逆にこんなことを訊かれたくらいだ。


「本当にこんな好条件でいいのですか?」と。


 税制度で優遇するからウチに本社を、という領主はこれまでにもたくさんいた。だが、そんな話には必ずきつい条件がついていた。よくあるのが他所の領で商売をしてはいけない、というもの。○○のお店を利用できるのはウチの領だけ、と宣伝したいのだろう。


 一方、ウチの条件は単純だ。現地で働く従業員の数が50人以上ならそれでいい。極論、本社でなくても問題なかった。本社を移転させることに比べると得られる恩恵は減るものの、それでもある程度のコストダウンは見込める。だから、大半の企業が本社でなく支社を設ける形で合意した。


「この勝負、もらったな」


 商談を終えた俺は、レクエルドに戻った。




 ◇




 それから1週間後――。


 レクエルドには世界中から大工が集まっていた。誘致した企業が雇った者達だ。空き地に事務所を建設していっている。


 また、大工に飲食物を売るべく飲食関連の屋台も大量にやってきた。


「凄いですよクリフさん! 次から次に大工さんが来ます!」


「大工が落ち着いたら、今度は有名な企業がやってくるぜ」


 リリアと二人で町の中を歩く。


「その中には私の好きなアパレルの会社もありますか?」


「あるぜ。いつもお前が可愛い可愛い言っていた服の会社」


「やったー! ありがとうございます! クリフさん!」


 キャッキャと喜ぶリリアを見ていると頬が緩む。


「クリフさん、ちょうどいいところにおられた!」


 町長が駆け寄ってきた。手にはタブレットを持っている。メモリアスの株式市場に頼んで譲ってもらった端末だ。


「この企業、買収していいんですよね?」


 画面にはトマト栽培の最大手企業が映っている。株価は直視できないレベルで暴落していた。先日受けた新聞のインタビューで、俺が「これからトマトを出荷しまくるんでよろしく!」と答えたせいだ。実際にトマトの供給量がアホみたいに跳ね上がって相場を崩しにかかっていることも、株価の下落に拍車を掛けていた。


「この価格なら買いですね。俺の口座から領に寄付するんで、その金で買ってください」


「かしこまりました!」


 数分後、トマトの最大手企業がクリフカンパニーの傘下に入った。


 これにより、世界に流通しているトマトの過半数をクリフカンパニー及びその子会社が占めることになった。もはやトマトの支配権は我が手中にあると言っても過言ではない。


「この調子でナスやピーマンも潰していこう」


 最終的には耕地で栽培できる全ての作物を支配する考えだ。


 そうすれば、たった一社で領収を賄ってもおつりがくる。




 ◇




「また新入りが増えたそうだが、どうだ?」


「皆さん優秀ですよ。タンポポちゃんやチューリップちゃんも教えてあげていて、すごくいい感じです!」


「それはよかった。農作業を任せきりですまんな、リリア」


「気にしないで下さい! 私は楽しくてやっているだけなので!」


 夜、ベッドの中でリリアと話をしていた。


 互いに裸で、彼女は俺の腕を枕代わりにしている。


「クリフさんこそ無理しないでくださいね。最近、いつも難しい顔で考え事ばかりしているじゃないですか」


「すまんすまん。この町を大きくする為に必死でな」


「新聞のインタビューも受けすぎですよ! 同じ質問ばかりだし!」


「仕方ないさ。新聞社にはいい顔をしておかないと」


 最近、この町は新聞でも取り上げられることがよくあった。


 農業で無双する元Sランク冒険者、世界の農業系企業に喧嘩を売るクリフカンパニー、税金ゼロ政策……どれかひとつをとってもぶっ飛んでいる。にもかかわらず、それらが全て同じ所で行われているときた。それも、大半の人間が名前も知らないような田舎の町で。新聞社からすれば格好のネタだった。


 新聞の影響もあって、好奇心旺盛な若者を中心に見学者が増えてきている。残念ながら今は何もないが……。


「なぁ、リリア」


「はい」


「ずっと考えていたんだがな」


「どうしました?」


 リリアが抱きついてきて、上目遣いでこちらを見る。


「レクエルドがメモリアス級に発展して、正式に独立が認められたら、俺達……」


 その時、家のチャイムが鳴った。


「無視しましょう!」


 リリアがすかさず言う。いつもは俺が「面倒だから無視しようぜ」と言うのに。


「私は今、クリフさんの話の続きが聞きたいです!」


 彼女の目はキラキラ輝いていた。どうやら俺の言いたいことを勝手に先読みして興奮しているようだ。


「悪いがまた今度にしよう」


「えー! 分かりましたぁ……。じゃあ私は先に寝ます」


 リリアは頬を膨らませ、こちらに背を向けた。拗ねてやがる。


「すぐ行くから待ってくれ!」


 窓の外に向かって答える俺。


 裸なのでカーテンが閉まっており、相手が誰かは分からない。どうせ町長かフィリスだろう。 部屋着を着て階段を下りる。


「すまない、寝ていたところ……で……」


 言葉が詰まった。相手が予想外の人間だったのだ。


「久しぶりね、クリフ」


「どうしてこんな所にいるんだ、リーネ」


 扉の向こうに居たのは、かつて〈影の者達〉で共に戦ったリーネだった。

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