016 革命の始まり
「それではワシはお先に失礼します」
「本当にありがとうございました。これからレクエルドは大きくなりますよ」
「領主の身ではありますが、ワシも楽しみにしております」
ガイアタイガーに町長を送らせる。
俺は数週間ぶりのサグラードを堪能してから帰ることにした。
全ての富は王都に集まるなどと言われるだけあり、サグラードは今日も栄えていた。レクエルドだと雑誌でしか見かけない有名なブランドのアパレルショップも、この街では当たり前のように乱立している。
「せっかくだしリリアに服でも買って帰るか……と思ったけど、アイツの服のサイズが分からないな。サイズを間違ったら着ないだろうしやめておこう」
リリアは服に興味を持っており、よくファッション雑誌を見ては「欲しい欲しい」と喚いている。しかし、雑誌に載っているような服のブランドは、レクエルドやメモリアスでは売っていない。そこで彼女は、同じような見た目をした別ブランドの服で誤魔化していた。
そんなリリアがこの街に来たら、きっと涎を垂らして興奮するはずだ。
「……って、なんでリリアのことをここまで考えているんだ」
ずっと一緒に過ごしているせいで、少しずつリリアに毒されてきているようだ。夫婦でなければ恋人でもないのに、「あれを買えばリリアが喜びそう」などと考えてしまっていた。
「おっ、クリフじゃん!」
通りを歩いているとかつての同業者連中に声を掛けられた。上位PTの冒険者だ。
「久しぶりじゃーん、元気してたー?」
ビーバーのような顔をした女が言う。顔に見覚えはあるのだが、名前を思い出せない。彼女の仲間達にしてもそうだ。とはいえ、「お前ら、誰だっけ?」などと言うわけにもいかない。
何食わぬ顔で話を合わせることにした。
「元気だよ。そっちはどうだ? Sランクになったか?」
連中がAランク以下であることは分かる。なぜならSランクの冒険者は非常に少なくて、全員の名前と顔を覚えているからだ。
「まだAだよー。やっぱSの壁は高いわぁ!」
「そういや〈影の者達〉も不調だぜ。クリフはいつも新聞を読んでいたから知っているだろうけど」
猿顔の男が言う。
「ああ、俺も把握しているよ」
「なぁクリフ、俺達のPTに入らないか? レイカが妊娠したもんで引退するんだ。その枠にお前が入ってくれたら嬉しい。レイカはお前に憧れて土魔法を使うようになったんだ。知っているだろ?」
レイカって誰だ。見たところ、ビーバー顔の女は違うぽい。かといって、この場には他に女がいない。
「ああ、もちろん知っているよ。レイカが引退するとはな……一つの時代の終わりを感じるよ」
連中は「大袈裟過ぎだろ」と笑った。
「で、どうだ? PTに入らないか? 新聞で読んだが、今は冒険者を引退してクソ田舎で農業をしているんだろ? そんなの勿体ないって!」
「私知ってるよ! 功労金を返上したら冒険者に戻れるんでしょ! PTに入ってくれるなら功労金と同じ額の契約金を払うからさ! お願い!」
ビーバー顔の女が拝み倒してくる。
「ありがたい誘いだが、冒険者に戻る気はないよ」
猿顔の男が「なんでだよ!」と吠える。
「農業がそんなに面白いのか? あんなの老いぼれがやる仕事だろ!」
「農業は面白いが、それだけが理由じゃないんだ」
「だったらどうしてだ?」
「俺が頑張れば頑張るほど、町が発展して町民が喜ぶんだ。その様を見るのが楽しいんだよ。この前なんて、近所の爺さんからイノシシの肉で作った味噌汁を分けてもらった。この街でそんなことをされても気持ち悪いだけだが、レクエルドでそれをされるとすげぇ嬉しいんだ」
冒険者連中は首をかしげている。理解できないようだ。
「ま、そんなわけだから冒険者に戻る気はないよ。金は腐る程あるしな。気が向いたらレクエルドまで遊びに来てくれ。歓迎するぜ」
話を切り上げ、俺は「じゃあな」と離れていく。
「レクエルドってどこにあるんだよ……」
冒険者達の嘆きの声が背中に刺さった。
◇
次の日――。
午前6時になり、レクエルドが独立した。
この独立が一時的なものに終わるかどうかはこれから決まる。
町民を一カ所に集めて、町長が話を始めた。
「既に各家庭に伝達したと思うが、この時よりレクエルドは独自の領となった」
町民の大半は老人なので、反応はあまりよくない。老いると何事にも億劫になるので、「面白そう」や「やってやろうぜ!」という感情の前に、「なんだか面倒くさそう」や「今のままで問題ないのに」といった感情を抱く。
想定通りの反応だったので驚かない。俺の隣に立っている町長も同様だ。
「そんな暗い顔をできるのは今だけじゃぞ」
町長が、ふっふっふ、と笑う。
「相談役のクリフさんから皆に発表がある」
皆の視線が俺に集まる。
「独立して何になる、と皆は思っているだろう」
皆が頷く。
「なので、皆に独立の素晴らしさが分かる政策を発表したい」
俺は間を置いてから続けた。
「今後、ウチの領では税金を一切取らない! 個人からも、企業からも!」
「「「――!」」」
「そんなことをすれば領収ゼロ、破綻になってしまうわよ?」
挙手しながら言ったのはフィリスだ。
「分かっている。だから、税金とは違う方法で領収を得る」
「それってどういうこと?」
「我がクリフカンパニーを領の直轄企業とすることにした。つまり、領収は我が社の収益で賄うわけだ」
「なんですって!? じゃあ、クリフカンパニーの子会社であるレディ・ポーターズも?」
「いや、レディ・ポーターズには独立してもらう。俺の所有している60万株をフィリスに譲渡するよ。そうすれば子会社じゃなくなるから、領の直轄企業とならずに済む」
「そんなことをしていいの? 60万株を買うのに使ったお金をドブに捨てるようなものじゃない」
「かまわないさ、俺の金なんて」
視線をフィリスから町民全体に向ける。
「昨夜計算したところ、各家庭の納税額を合計した額より、弊社の収益のほうが多いと分かった。だから、クリフカンパニーの稼ぎを領の収益として計上すれば、領収に関しては何の問題もなくやっていける」
「税金ゼロ……!」
「夢のようだ……!」
「やはりクリフ様は凄い……!」
税金撤廃の効果は最強だ。消極的な老人連中が乗り気になっていた。
「レクエルドの独立にあたっては条件が出ている。その条件とは、1年以内にメモリアスと同規模の都市へ発展させることだ。それが出来なければ独立の話はなくなり、また税金が復活する羽目になる。それは嫌だろ?」
誰もが頷いた。
「だったら町の発展に協力してほしい。常識的に考えて不可能に近い条件だが、皆で協力すれば達成できるはずだ。俺はそう信じている」
「もちろんですとも! ですが、協力といっても何をすれば?」
老人の一人が尋ねてくる。
「よそ者に優しくする、それだけだ」
「優しくする?」
「今後、多くの人がこの町に移住してくるだろう。そういった人に対して排他的になってはならない。俺の時のように優しく歓迎してあげてほしい。『これだからよそ者は』だなんて言っているようじゃ、人は減っていくだけだ」
「なるほど……分かりました、気をつけます!」
「ありがとう。他は特にこれまでと変わりない。ただ税金がゼロになっただけと思ってくれてかまわない。では解散!」
町民が方々に散っていく。
「私に株を譲ってくれるって話、本当なの?」
フィリスが近づいてきた。
「ああ、本当だ」
「別に譲らなくても問題ないでしょ。株の名義をクリフカンパニーから貴方個人にすればいいだけのことなんだから」
「そうだけど、それだと後々問題になりそうでな」
「問題って?」
「クリフカンパニーはレディ・ポーターズに優先して仕事を回している。そのレディ・ポーターズが領主の相談役たる俺の企業となれば、人が増えた時に妙な勘ぐりをされかねない。自分の企業を潤わせる為に仕事を回しているのではないか、とな」
「そこまで考えていたとは……私よりも経営のセンスがあるわね」
「まぁフィリスは経営のセンスがないからな」
「そうだけど、そこは流してよ! もう!」
フィリスは恥ずかしそうに顔を赤くした。
俺は声を上げて笑った。
「で、これからどうするつもり?」
「税を撤廃したのだから、それを最大限に活かすさ。もう一度サグラードへ行って企業を誘致してくる。同時進行でクリフカンパニーの規模も大きくする。農地を広げて人を増やす。バジルスにはガンガン採用するよう指示を出しておいた」
「遠大な計画ね。でも、農業だけで本当に領収をまかなえるの? 規模が大きくなればなるほど、領主が国に納めねばならない税――いわゆる〈国税〉の額が高くなる。だから領主は領民に税金を課すのよ? それを一企業が一手に受けるなんて……」
「大丈夫さ。多少の犠牲は出るだろうがな」
「犠牲?」
俺はふっと笑った。
「これから一気に農業を拡大し、供給過多でパンクしそうなくらいに作物を出荷する。それもひたすらに一つの作物ばかり集中してな」
「そんなことをすれば作物の価格が下がって利益率も落ちるわよ。そんな事態を避ける為に、クリフは今までたくさんの種類の作物を栽培してきたんじゃない」
「分かっている。それでも行う。ウチも痛手を受けるが問題ない。最終的には金に物を言わせたスタミナ勝負になるからな。そうなった時、Sランク冒険者の資金力は最強だ。個人で大企業に匹敵する資金を持っているからな」
フィリスはハッとした。
「もしかして貴方、他の農家を駆逐するつもり!?」
「経済は弱肉強食だからな」
俺は不敵な笑みを浮かべた。
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