009 レディ・ポーターズのフィリス
「24歳で会社を経営するって凄いですよね! 同じ女として憧れますよ私!」
「ま、株式の50%以上を売りに出して他人に経営権を奪われるような奴だけどな」
「それでも凄いです!」
俺とリリアは運送会社へ向かっていた。車夫不在の土の荷車で。
「会社名、何でしたっけ?」
「〈レディ・ポーターズ〉だよ。社長の名はフィリスだ。もうじき着くぞ」
記載されている住所の近くにやってきた。メモリアスの中でも特に地価が安いクソみたいな場所だ。付近には味気ない建物群と、そこの人々を狙い撃ちしているので酒場しか見当たらない。酒場は大手チェーンの安さだけがウリのクソ店だ。
「なんだか不気味な場所ですね。メモリアスなのに
「お安く買収できるような会社だからな。会社の場所も僻地なのさ――あったぞ、ここだ」
目的の会社に到着した。地面に降り立ち、土の荷車を解除する。
見た目は小さな倉庫といった感じだ。シャッターは開きっぱなしになっていて、中には荷物を運搬する為の馬車が2台ある。通常、運搬用の馬車は2~3頭の馬で構成されるものだが、ここでは1頭の馬が担当していた。
(そういえば赤字垂れ流しの経営難だっけか)
この会社が安い理由は、ひとえに破産寸前だからだ。創業から今まで赤字を垂れ流し続けており、一度たりとも黒字になったことがない。買収されるくらいの株式を売りに出していたのも、そこのところが理由なのだろう。
「どもどもー、お客さん?」
馬にブラッシングしている赤髪の若い女がこちらに気づいた。手を止めてこちらを見る。
従業員は6人とのことだが、他の女は見当たらない。
「客っていうか、まぁ……。ところで、フィリスに会いにきたんだが」
「
女は馬に視線を向け、ブラッシングを再開した。
(落ち目の会社なだけあるな……)
客に対する態度がなっていない。あまりにも酷すぎる。
が、そんなことはどうでもよかった。元より期待していない。
「悪いが待つ気はない」
俺はずかずか歩いて、馬車や貨物を置くスペースの奥に見える扉へ向かう。
「え、クリフさん、いいんですか!?」
「もちろんだ。俺の会社だからな」
と、その時、背後から何かが飛んできた。
常時発動している土の防御魔法が自動で反応する。地面から土の手が生え、飛来物を掴んだ。
何かの正体は馬用のブラシだった。
「行儀の悪い人らだね。商談中だから待てと言っただろ?」
女がぎろりと睨んでくる。
リリアは「ひぃぃ」と震え上がった。
「俺も言っただろ? 待つ気はないって」
一触即発の空気が漂う。面倒なので買収したことを告げよう。
「俺はお前の言葉に従う必要がない。なぜなら……」
話している最中に、目の前の扉が開いた。
「あ、待って下さい、話はまだ……」
「話は終わりだ! ワシはもっと安くしろと言っているが、おたくはそれができないと言っている。何の取り柄もないのに料金だけは一丁前なんてふざけるのも大概にしたほうがいい! 君はもう少し商売を学びなさい! では失礼する!」
小太りのおっさんが眉間に皺を寄せながら大股で歩いてくる。不機嫌そうだ。
おっさんは俺の肩にぶつかり、勝手に転んだ。
「なんだお前! 道を譲らんか馬鹿者が!」
「セリフが間違っているぞ、おっさん」
俺は土魔法を発動した。
地面に現れた砂がおっさんの体にまとわりつき、硬化する。
「な、何をする!?」
「人にぶつかったらごめんなさいだろ?」
「か、体が、クソ、なんだこれは!」
砂の力によって、おっさんは俺の前に跪き、土下座した。額を地面にこすりつけたままピクリとも動かない。
「人にぶつかったらどうするのが正解か分かったか?」
「ごめんなさい! 許して下さい! 命だけは何卒!」
「やればできるじゃないか」
俺は魔法を解除してあげた。
「こんなところ二度と来るか! 潰れちまえ!」
おっさんは捨て台詞を吐きながら走っていく。
「クリフさん、カッコイイです! あんな怖いおじさんにも動じないなんて!」
「ちょいやり過ぎてしまったな。まぁいいか」
扉の向こうにいる女を見る。貴族の令嬢がよくしている毛先をクルクルさせた金髪が特徴的だ。
一目で「この女が社長だな」と確信した。ブラッシング女が言っていたからではない。歳が俺と同じくらいだし、何よりも目に力強さが籠もっていて凜々しいからだ。経営者の風格というか、部下を引っ張ってきている者が放つ特有のオーラが漂っていた。
それでも念の為に尋ねておく。
「君がフィリスかな?」
「そうですが、あなたは? お仕事の依頼には見えないけど」
「ふっ、まぁな」
俺は株主カードを取り出した。
「俺の名はクリフ。約二時間前、この会社を買収した」
「「――!」」
フィリスとブラッシング女に衝撃が走る。
「社長なら専用のタブレットを持っているだろ? それで俺の株主ナンバーを調べてみるといい」
「ではそうさせてもらうわ。立ち話もなんだし中で話さない? 小さな会社だけど、一応、応接間はあるから」
「いいだろう。リリア、お前はそこの女にブラシの使い方を教えてやれ。どうやら投げる物だと誤解しているようだからな」
ブラッシング女の顔が真っ赤になる。恥ずかしがっているようだ。
リリアは、「分かりました!」と元気よく答える。そして、驚くことに「ブラシの使い方ですが……」と本気で教えようとし始めた。馬鹿である。
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