010 移転
応接間のソファで、フィリスと向かい合う。
「たしかに買収されているわね。まさかこの会社を買収する人が現れるなんて……」
「世の中には色々な人間がいるものさ」
フィリスは驚いた様子で社長用のタブレットをまじまじと見ている。
「今日からここのボスは私でなく貴方になるわけね、クリフさん」
「クリフでいいよ、同い年だし」
「そう、ならクリフと呼ばせてもらうわ」
フィリスはタブレットを太ももの上に寝かせ、凜とした瞳で俺を見る。
「買収していただいて悪いけど、ここは私の会社よ。従業員と私は固い絆で繋がっている。貴方が私をクビにしたり降格したりしようものなら、全ての従業員が辞めるから覚悟しておいてね。私達は貴方の指図は受けないから」
「なるほど、それで浮動株比率を50%超えにできたわけか」
「そういうこと。貴方がどういう目的で買収したにしろ、ご愁傷様ね」
フィリスの目には敵意が感じられた。まぁ、自分の会社がどこの馬の骨かも分からない男に乗っ取られるとなればいい気はしないだろう。
「気持ちは分かるが、そうつんけんしないでくれ。言われなくても君をクビにしたり、経営に口だししたりしようとは思わない。今後も君が社長で好きなように経営をしてくれていい。従業員の給料も、足りないなら俺が払おう。もちろん君の分もな」
「なっ……! それって本当?」
「ああ、本当さ。最初からそのつもりだ」
「だとすれば、貴方は相当な聖人ね」
「それは違う。ちゃんと要求したいこともある」
「も、もしかして、私に性的な奉仕をしろとでも言うの?」
フィリスの体が強ばった。
「そんなこと言うかよ。女には不自由していないからな」
ぶっちゃけ、俺はモテる。尋常でなくモテる。Sランク冒険者だったからだ。
同じ理由でバルザロスもモテモテだ。アイツはハゲで下ネタ大好きの変態野郎だが、それでもSランク冒険者なので美女を取っ替え引っ替えすることができた。
「じゃあ、弊社に何を望むのかしら?」
「俺の要求はただ一つ。移転だよ」
「移転ですって?」
「そうだ。メモリアスではなく、レクエルドに会社を移してほしい」
フィリスが「馬鹿ね」と声を上げて笑った。
「メモリアスですら仕事がないのよ。レクエルドなんて田舎町でどうやって仕事を見つけろって言うのよ。あそこ、ギルドすらないのよ」
「だから買収したんだ。俺はレクエルドで農業の経営を始めたのだが、商業ギルドがないせいで収穫物を捌くのが面倒なんだよ。わざわざメモリアスまで来なくてはならない」
「え、もしかして、メモリアスに来るのが面倒だからウチを買収したってこと?」
「そうだけど」
「本当に!? たったそれだけの理由!?」
「俺にとってはそれが最も大事な理由なのさ。そんなわけで君たちには今後、俺の収穫物をレクエルドからメモリアスへ運んでもらう。それだけが俺の要求だ」
フィリスはしばらく間抜け面で固まった後、腹を抱えて笑った。
「何の取り柄もない赤字垂れ流しの運送会社を買収するだけでも変わり者なのに、まさかその目的はレクエルドで作物の運搬をさせたいからだなんてね。貴方みたいな人は初めて見たわ」
「で、この条件なら今後も快く働いてもらえるかな?」
「もちろん! 買収してくれてありがとう。これからよろしくね、
「ああ、よろしく」
俺とフィリスは握手を交わす。
これで体制は整った。今後は遠慮無く野菜や果物を量産できるぞ!
◇
フィリス率いるレディ・ポーターズの移転は、その日の内に行うこととなった。
これは彼女らのフットワークの軽さだけが理由ではない。顧客がゼロだったことに加え、家賃の滞納によって追い出される寸前だったのだ。
今、俺達はレクエルドを目指している。俺達というのは、俺とリリア、そして運送会社の女性6名だ。
移動は4台の馬車とグリフィンで行う。
馬車は全て2頭編成だ。移転にあたり、フィリスの希望で全ての馬車を新調した。それに伴い、彼女らがこれまで使っていた老馬は売り払った。今頃は乗馬クラブで余生を過ごしているだろう。
馬車を運転しているのは、フィリスとミラを除いた4人の従業員。
俺を含む残りのメンバーは、グリフィンが
「本当だ、名前が載ってる! 大ボスすげぇ!」
新聞を見ながら声を弾ませたのは、ブラッシング女ことミラだ。大して長くない赤髪を掻き上げながら、新聞の冒険者面を凝視している。最初はブラシを投げつけてくる程の狂犬だったのに、今では俺のことを「大ボス」などと呼んで慕ってきていた。
「Sランク冒険者がこんな身近にいるなんて信じられないわ……」
綺麗な巻き髪を風になびかせながら、フィリスは俺を見る。
「ですよねー! 私も信じられません!」
リリアが満面の笑みで答えた。
「今も冒険者ならまだしも、元Sランクだからな。引退した上位の冒険者は地方で過ごすことが多いものさ」
「そうなんだ」
「それより我らがレディ・ポーターズについて教えてくれよ。どういう成り立ちなのかとか、万年赤字の理由とか、色々と頼む」
「若い会社だから特別なドラマがあるわけじゃないわよ」
と言いつつ、フィリスは詳しく教えてくれた。
彼女ら6人は創業前からの付き合いで、女性があまり活躍していない分野で活躍したいと思い、男ばかりの運送業界を選んだらしい。
赤字の理由は単純に料金が高いから。サービス面に特筆する程の特徴があるわけでもないので、どうしても料金の安さで勝負することになる。そういう企業では労働法を無視して低コストを実現するのが一般的だが、彼女らの会社は律儀に法律を守っていた。
「法律を破れば勝てるかもしれないけど、そんな方法で他所に勝っても嬉しくないし、何より自分達がしんどいだけなんだよね。法律って守る為にあるわけだしさ」
「実に崇高な精神だとは思うが、そのせいで従業員の食い扶持を守れないのはなぁ」
「痛いところを突くわね……」
その後も、俺達は雑談に耽った。行きの3倍以上の時間を移動に費やしたが、話していたので長く感じなかった。
◇
町長と話し、町が所有している空き地を譲ってもらった。
そこにレディ・ポーターズの事務所兼倉庫を建てる。
が、その前に、空き地の前で指示を出した。
「建築は俺が一人で終わらせるから、皆は家具を調達してくれ」
「一人で私らの会社を建てることなんてできるの?」
フィリスが尋ねてくる。彼女を含め、女性陣は例外なく驚いていた。
「土魔法は建築との相性が最強だからな。せっかくだし見せてやろう」
地面に手を当てて土魔法を発動する。
ゴゴゴゴォ!
一瞬にして土の事務所が完成した。メモリアスの頃より一回り広い。
「凄ッ……!」
愕然とするフィリス。
ミラは「やっべぇ!」と大興奮。
リリアも「凄すぎです!」と拍手していた。
「まだまだここからだぜ」
耕地を作った時と同じ要領で、土の質を変化させる。
「なんだかドロドロになったよ大ボス! 大丈夫なの!?」
「大丈夫、これはモルタルだ」
モルタルは家の壁で使われることの多いものだ。乾燥するとカチコチに硬化する。レクエルドでは木造が一般的だが、王都では積んだ煉瓦にモルタルを塗りたくった家が多い。
「普通は乾燥するまで何週間もかかるのだが、魔法でサクッと仕上げよう」
炎魔法を絶妙な加減で発動する。建物を傷めることなく、モルタルの水分だけを飛ばすことに成功した。
「これでいいだろう」
最後に土魔法を解除する。モルタルがしっかり固まっている為、魔法が切れても変化なかった。
「完成したぞ」
「もうなんというか……言葉が出ないわ……これがSランクの土魔術師……!」
「やっぱりクリフさんは凄いです!」
レディ・モーターズの6人とリリアは、驚きすぎてしばらく固まっていた。
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