008 ハーレム目的の買収!?

 民間企業の支配権は、「株式」や「株」と呼ばれる紙の所有比率で決まる。紙といっても、それは旧時代の話であり、今時は株式はデジタル上の数字だ。


 株式の発行枚数は、企業の規模に問わず計100万枚。この内50%以上――つまり、50万枚以上を所有すれば、その企業は自分の物になる。


 当然、買収した企業は好き放題に扱うことが可能だ。社長の顔が気に入らないのでクビにします、という暴挙も許される。株主は社長より偉い。


 適当な企業を買収するべく、俺とリリアは〈株式市場〉へ来ていた。


「えっ、じゃあ、このカードで今は完結しているのですか?」


「そういうことだ。株式が紙だったのはもう何十年も前のことだよ」


 株式市場には、小洒落たカフェにありがちな丸いハイテーブルが無数にある。テーブルの上にはタブレット端末が置いてあり、そこに〈株主カード〉というカードを挿すことで株式の売買が可能だ。


 新聞に書かれていた「これからは株の時代だ!」という言葉に踊らされ、俺は過去に株主カードを作っていた。


「ほら、タブレットが起動したぞ」


「おお! これってギルドの受付の方が触っている機械に似ていますよね。でも、こちらの機械には操作する為の道具がついていませんよ」


「タブレットは画面に指で触れて操作するんだよ」


「ぎょえぇぇ! タブレット、凄いです!」


 リリアに向かって偉そうに解説しているが、俺もタブレットを操作するのは初めてのことだった。だからまずはポチポチ押しまくり、操作方法の要領を掴んだ。


「この画面に全てが書かれているな」


 選んだ株の詳細なデータを表示する。頭が痛くなる数の項目があり、小難しいワードが飛び交っていた。しかし、日頃から新聞の経済欄を見ていたおかげで、俺には全ての用語が理解できた。


 一方、理解できていないリリアは、目に涙を浮かべている。分からなさすぎて悲しいのではなく、難しすぎて眠くなっているのだ。


「リリア、見るポイントは二つだ」


 俺は画面を指しながら言う。


「まずは〈時価総額〉だ。これは100万株の合計金額を指している。つまり時価総額が100万ゴールドの株は、1株1ゴールドで買えるわけだ」


「おお! それなら分かります! なら時価総額の低い運送会社の株を買えばいいわけですね! 別に大きな会社や儲かっている会社を求めているわけじゃないのですから!」


「と、思うだろ? ところがそうはいかない」


「どうしてですか?」


「買収するには50%以上の株式を買う必要があるからだ。つまり、50万株以上の株が売りに出ていなくてはならない」


「え、全ての株が100万株売られているわけじゃないのですか?」


「違うよ。例えばリリアがお気に入りの会社の株を持っていたとして、売りたくないって思ったら売らずに持ち続けるだろ?」


「たしかに」


「そういうことさ。理由は色々あれど、売りに出されないでいる株は多数存在する。で、売られている株の総数を調べる方法だが、ここの項目を参考にすればいい」


「ふ、ふどーかぶひりつ?」


「そう、〈浮動株比率〉だ。浮動株ってのが売りに出されている株のことを指すので、その比率が50%以上ってことは、50万株以上が売られているってわけだ」


「じゃあ、時価総額が安くて、浮動株比率が50%以上の運送会社を見つければいいのですね!」


「おう」


「任せて下さい! 血眼になって探します!」


「その必要はない」


「えっ」


「このタブレットにはスクリーニングという機能が備わっているからな」


「スクリーニング? また謎の用語が……」


「要するに指定した条件の会社だけをピックアップしてくれる機能だよ」


「おお! ならそれで時価総額と浮動株比率と業種を指定すれば!」


「答えが見つかるってわけだ!」


 早速、スクリーニングを使った。


 タブレットのふるいにかけられ、10の企業が残った。


「この選ばれし10個の会社から選べばいいわけだ」


「すごいです! クリフさん! それで、ここからはどうやって選ぶのですか?」


「勘だ」


「勘!? ここまで理詰めで来て最後は勘ですか!?」


「まぁな。でも、その前にスクリーニングの条件を増やそう」


 新たに「会社の所在地がメモリアスであること」を条件に加えた。


 10個あった候補が2個に絞られる。


「さぁ二択になったぞ。片方は創業100年の歴史を持つ老舗だ。従業員の数は25人で、平均年齢は50代とかなり高い。おそらくベテラン揃いの会社だ」


「もう一つはどんな感じですか?」


「出来て数年だな。従業員の数は6人で、平均年齢は22歳。最年長の社長ですら俺と同い年だ。あと、ここは6人全員が女のようだ。社長も女だし。女性だけで構成された運送会社、というのがセールスポイントなのだろう」


「その二択なら答えは決まっていますね!」


 リリアは手を叩いた。


「ほう? リリアはどちらがいいと思うんだ?」


「もちろん最初の方ですよ! 従業員の数も多いですし、平均年齢も高いのでベテランさんがたくさんいるわけですよね! しかも100年の歴史があるんですよ! これはもう悩む余地がありませんよ!」


 俺は「なるほどな」と笑った。たしかにリリアの言い分には一理ある。実際、多数決をしたら彼女の選択が多数派になるはずだ。


 だが、俺は違っていた。


「残念ながらこの場合、選ぶのは後者だ」


「どうしてですかぁああああ!」


 リリアの悲鳴が響く。


「もしかしてクリフさん、ハーレムを満喫したいからこちらの会社を!?」


「そんなことも少しは考えたが、そういうわけじゃない」


「ならどうしてですか!? 私には分かりません!」


「従業員の人数が少ないということは人件費が安くつく。会社ってのは買収してそこで終わりってわけじゃないからな。加えて平均年齢が非常に若いから、柔軟性を持ち合わせている可能性が高い。ベテラン揃いの老舗企業は自分のやり方を曲げない頑固者がたくさんいそうだし、俺みたいな若造に出張ってこられたら言うことを聞いてくれない恐れがある」


「凄い……そこまで考えていたとは……」


「そんなわけだから、夢のハーレムに向かってポチッとな」


「やっぱりハーレムが目的なんじゃないですかぁ! クリフさんの馬鹿ー!」


 市場に出ている約60万株を漏れなく買い占め、女6人の運送会社を買収した。

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