007 金より名声
グリフィンで空を駆け抜け、あっという間に〈メモリアス〉が見えてきた。レクエルドからの距離は早馬ですら2時間を要するが、グリフィンにかかれば1時間にも満たなかった。
城郭都市メモリアスは、この辺りだと文句なしに一番の大都市だ。人の数も多くて、大きな通りは例外なく賑わっていた。もちろん、冒険者ギルドや商業ギルドも存在している。
とはいえ、俺にとっては「この程度か」と思える規模だ。人口は15万人いるかどうかで、100万人規模の王都サグラードとは雲泥の差があった。
一方、隣にいるリリアは「やっぱり大きい!」と鼻息を荒くしている。彼女の興奮に水を差す必要はないので、俺も「立派なところだな」と答えておいた。
「とりあえずブツを売りに行くとしよう」
「はい!」
グリフィンから下りて、徒歩でメモリアスの城門に近づく。何食わぬ顔で通過しようとしたら、両サイドに立っている2人の若い衛兵に止められた。
「申し訳ございませんが、召喚獣を連れてのご入場はご遠慮下さい」
「え、駄目なの?」
「領主様のご命令により禁止されています。冒険者以外の方に対する不安軽減の為です」
「なるほど。すまんな、最近までサグラードにいたんだ」
「いえ、お気になさらないでください」
俺はグリフィンに命じ、都市の外で待機させることにした。
「これで問題ないかな?」
「はい、お手数をおかけします」
「いやいや、いつもお疲れ様」
改めて城門をくぐる。
「クリフさん、荷車はどうするんですか?」
グリフィンがいなくなったことで、グリフィンの運び手が不在だ。召喚獣が駄目ということは、土の兵士も問題になる可能性が高い。
「決まってるだろ、リリアが運ぶんだよ」
「えええええ! これだけの荷物を私がですか!?」
「冗談だよ。荷車は気にしなくていい。行くぞ」
「気にしなくていいって? ――おわっ、なんですかこれぇ!」
リリアが驚く。周囲の衛兵も愕然としていた。
荷車が勝手に動いているのだ。
「細かな解説は面倒なので省くが、土魔法の高等テクニックだ」
「クリフさんはなんだって出来ますね! 凄いです!」
「えっ、クリフって、Sランク冒険者の!?」
俺達の会話に衛兵が反応した。
「元Sランクだ。もう冒険者じゃないから」
「凄い! 初めて見ました! 握手して下さい!」
「俺もお願いしていいですか?」
「別にかまわないが」
軽く握手するだけで、二人の衛兵は大喜びだ。これもサグラードでは経験できないこと。
「握手ついでに訊きたいのだが、商業ギルドはどこかな?」
「それでしたら……」
衛兵は大興奮で道を教えてくれた。
◇
イチゴを捌くべく、商業ギルドにやってきた。
冒険者ギルドと違い、商業ギルドは巨大な倉庫と言って差し支えない姿をしている。出入口となる扉の前に受付カウンターがあり、そこで受付嬢と話した。
「ウチで収穫したイチゴを買い取ってほしい」
「では農業許可証をご提示下さい」
受付嬢に言われて思い出す。作物をギルドに卸す際は許可証が必要になることを。もちろん、俺はそんな物を持っていない。許可証を手に入れるには、役場へ行って「農業をしますのでよろしく」という届けを出す必要があった。
「許可証を持っていないんだが、どうにかならないか?」
何食わぬ顔で握手を促すよう手を出す俺。
受付嬢は首をかしげつつ握手に応じた。
「――!」
握手の真意に気づく受付嬢。
俺はニッコリと微笑んだ。
「それでどうか頼むよ」
必殺の〈
「商業ギルドの受付を買収しようとはいい度胸をしていますね……」
受付嬢のこめかみがピクピク震える。どうやら怒っているようだ。
「額が足りなかったかな?」
「そういう問題じゃございません!」
「むっ?」
「許可証の無き者の商品を通すということは、すなわち確認書類の偽造に繋がります。それは重罪です。賄賂でどうこうなるものではございません!」
「役人は賄賂が大好きと聞いていたが、なんでも賄賂で解決するわけではないのか」
これは意外だった。
「い、いえ、私も、お金をいただけるならある程度の配慮はいたしますよ。安月給でこき使われているわけですから。ですが、これはリスクが大きすぎます」
「なるほど」
「どうにもならなさそうですよ、クリフさん」
リリアが残念そうにしている。
「じゃあさ、俺が元Sランク冒険者ならどうだ?」
「えっ」
受付嬢の目が通常より開いた。
「俺は先日まで〈影の者達〉に所属していたクリフだ」
「史上初のSランク土魔術師のクリフ様ですか!?」
「そう、そのクリフだ。これが冒険者時代のネームカードだ。必要なら冒険者ギルドに問い合わせて確認してくれ」
ネームカードにはIDとパスワードが記載されている。それを冒険者ギルドの機械で照合すれば、俺が本物であると分かるようになっていた。
「照合はこちらでも出来ますので、少々お待ちを」
受付嬢は手元の機械にカードの情報を打ち込む。入力が終わると顔が引きつった。
「やだ、本物……!」
「だろ。だからどうにかならないか」
「もちろん問題ございません! 全て買い取りさせていただきます!」
「ありがとう」
あっさり解決した。流石は元Sランカー、ルールなんてあってないようなものだ。
「それでは査定に移らせていただきます」
荷車の木箱が複数の大男によって運ばれていく。
数分後、結果が出た。
「クリフ様のイチゴは非常に出来がいいので、高級イチゴとして買い取らせていただきます。その為、価格は――」
受付嬢がイチゴの買い取り額を述べる。
それを聞いたリリアは「凄すぎです! そんな高い額になるなんて!」と驚いていた。
だが、俺はいくらになったのか覚えていなかった。受付嬢の言葉を聞いているフリをして別のことを考えていたからだ。
「細かい手続きはリリアに任せるよ。お金も半分はお前のものだ」
「えっ、いいんですか!?」
「もちろん。収穫も一人でやってくれたわけだしな」
「あ、ありがとうございます! あとのことは任せて下さい!」
「おう」
俺は空になった土の荷車に乗り込み、空を見ながら考える。
しばらくすると、リリアが「お待たせしました」と近づいてきた。
「こちらがクリフ様の取り分です!」
リリアがお金を渡そうとしてくる。想像以上に端金だった。売ったイチゴの量がそれほど多くなかったので仕方ない。
「これだけお金があったら贅沢できますね!」
何食わぬ顔で隣に座るリリア。
「そうだな」と笑って答えつつ、俺は荷車を発車させる。
運転手のいない荷車を見て、周囲の人々は驚いていた。
「これからどうしますか? もう帰りますか?」
「その予定だったが、考えが変わった」
「どうかしたのですか?」
「いやな、今後も収穫の度にここまで運びに来るのが面倒だと思ってな」
「そうは言っても、ギルドは誘致できませんよ。クリフさんのお力でも無理ですよね?」
「まぁな」
「だったらこちらから出向くしかないと思いますが」
「俺もそう思ったが、解決策が一つあった」
「どんな解決策ですか?」
「俺に代わってこの都市まで売りに来る人間がいればいいんだよ」
「私のことですか!?」
「違う。運送会社ってやつだ」
大きな都市には運送会社や郵便会社が存在している。俺も何度か利用したことがあった。
「いやいや、ギルドと同じで誘致なんて無理ですよ。というか、ギルドより厳しいと思いますよ。運送会社は民間の企業なので」
「逆だよ」
「えっ」
「民間だからこそ、俺の切り札である金が生きる」
「――! クリフさん、もしかして」
俺は「ああ」と頷き、ニヤリと笑った。
「今から株式市場へ行って小さい運送会社を買収するとしよう」
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