006 グリフィン

「クリフさんのイチゴ、一瞬で育っただけでなく味も最高ですよ!」


「うむ、たしかに美味い」


 朝食はイチゴをふんだんに使ったメニューだった。イチゴミルク、イチゴパフェ、イチゴゼリー、エトセトラ……。リリアが料理上手なこともあり、どれを食べても最高だった。


「これだけイチゴを使ったのに、まだまだ余っていますよ! どうしましょう」


「もう町の人には配ったんだっけ?」


「はい! 全員に配りました!」


「なら余った分は売るとしよう」


「売るって、どこでですか?」


 きょとんとするリリア。


「商人だよ。ここが辺境の町とはいえ、1日1回は来るだろ?」


「えええ! 来ませんよ! 早くても1週間に1回です!」


「まじかよ」


 物を売る方法は色々あって、作物の場合は主に3パターンからなる。


 1つ目は商業ギルドに卸すこと。商業ギルドは商社とも呼ばれており、世界中の飲食店や小売店に食材を流通させている。近くに海のない都市で美味い魚が食えるのは商業ギルドのおかげだ。


 2つ目は行商人に卸すもの。やっていることは商業ギルドと変わらないが、こちらは国営でなく個人経営だ。あと、食材よりも冒険者用のアイテムを扱うことが多い。


 ラストは自分で店舗を構えて販売する方法。上手くいけばこれが最も儲かるのだが、この町でやるのは論外だ。多くの家庭が自給自足で成り立っているので、店を開いたところで大して売れないのは目に見えている。


「この町に来る行商人って、もしかして国選か?」


「そうです!」


「はぁ……」


 国選の行商人とは、国に安い金で雇われている行商人だ。こいつらは行商人とは名ばかりのとんだ無能として知られている。


 この町をはじめ、商業ギルドのない場所へ出向いては適当に買い叩き、それを商業ギルドに卸すだけの存在だ。主な収入源は商売で得たものではなく、国からの契約料である。


「国選商人なんていつ来るか分からないカスを待つ気はない。メモリアスまで行って適当に捌く算段をつけてくるよ」


「そんなことができるのですか!?」


「これでも元Sランク冒険者だからな。わりと融通が利く。それにクエスト報酬と功労金でたんまり稼いだおかげで超が付くレベルの大富豪だ。いざとなればマネーパワーでどうにでもなるだろう」


「カッコイイです、クリフさん!」


「いや、カッコイイか?」


 苦笑いを浮かべる。


「そんなわけだから、周辺の地図を用意しておいてくれ。魔物の情報が載っているやつだ」


「分かりました! でも、そんな物を見てどうするのですか?」


「じきに分かるさ。じゃあ、俺は新聞を読んでおくよ」


「分かりました!」


 全ての家事をリリアに押しつけ、リビングのソファで新聞を広げる。


 シャドウ率いる〈影の者達〉がSランクのクエストを受注した、と書いてある。メンバー交代後はAランク以下のクエストで慣らしていて、Sランクは今回が初めてとなるそうだ。その為、殆どの新聞の冒険者面に載っていた。




 ◇




「本当に馬車を使わなくていいのですか?」


「俺は馬の扱いが悪いからな。自分で買った馬ならかまわないが、借り物を粗末にするわけにもいかないだろう」


 リリアと共に町から徒歩10分足らずの森に来ていた。本当は一人で来る予定だったのだが、彼女がどうしてもと喚くので同行を許可した。


 俺達の後ろには土の兵士が二体いて、土で作った荷車を押している。荷車には収穫したイチゴの詰まった木箱が積まれていた。


「おそらくこの辺りのはずだ」


 直感を頼りに森の中を進む。リリアはビクビクしながら周囲を見ている。


「本当に大丈夫ですか? ゴブリンが潜んでいそうですが……」


「潜んでいそうというか、実際に潜んでいるよ」


 俺は懐から短剣を取り出し、すぐ傍の茂みに投げる。


「ゴヴォォー!」


 ゴブリンの悲鳴が響き、血しぶきが上がった。


「「「ゴ、ゴゴ、ゴブゥウウウウウウ」」」


 他のゴブリンが血相を変えて逃げていく。


「ほらな?」


「気づきませんでした……」


「他にも潜んでいる奴がいるから、茂みにはあまり近づくなよ」


「ひぃぃぃぃ」


 そんな調子で獣道ならぬゴブリン道を進んでいると、洞窟が見えてきた。


 洞窟の前には大量のゴブリンがいて、洞窟の奥にも色々なゴブリンが見える。大半がFランクだが、中にはEランクのレッドゴブリンも混ざっていた。


「ゴ、ゴブリンがあんなにたくさん!? 数十、いや、100体以上いますよ!」


「最高だな」


「最高ォ!?」


「見ていれば分かるさ」


 俺はゴブリンの群れに近づいていく。


 ゴブリン側もこちらに気づいている。「カモがやってきたぜ」と言いたげにニヤニヤしていた。先程ビビって逃げた奴らですら、今では自信満々といった様子だ。


「じゃ、お前らの力をいただくとしよう」


 俺はゴブリン共に手のひらを向けて土魔法を発動した。


 頑強な土のドームが一瞬にして形成され、洞窟やその周辺にいたゴブリンを覆う。中からゴブリンの喚く声が聞こえてくるが関係ない。


「これで逃げ場を失ったな」


「ここからどうするのですか?」


「召喚魔法を使ってあいつらの命と引き換えに足の速い従者を召喚する」


「凄いです! でも、クリフさんは土魔法が専門じゃないんですか? たしか昨日、ベ、ベベ、ベベベ……えっと、その」


 リリアの顔が赤くなる。


「たしかにベッドでそう言ったよ」


「ですよね!」


「その言葉は嘘じゃなくて、実際に俺は土魔法を専門にしている。しかし、他の魔法が使えないわけではない。実戦で通用するレベルじゃないだけで、嗜む程度には使える」


 召喚魔法を発動する。それと同時に別の土魔法を発動し、ドーム内のゴブリンを根絶やしにした。死んだゴブリン共の魂魄が、短時間だけこの世に漂う。


 それを糧とし、下僕を召喚した。


「この召喚魔法で生み出される下僕はランダムでな、何が出るか俺もまだ分からない」


「もしかしたらすごく足の遅い子が出ることも?」


「それでも馬より速いさ」


 ワクワクしながらドームを解除した。


「キュイイイイイイイイイイイイイン!」


 姿を現すなり甲高い声で鳴いたのはグリフィンだった。


「よし、スピードのある奴が出たな」


 同行していた土の兵士を解除し、土の荷車を拡張してグリフィンに連結させる。


 さらにグリフィンの背中に土のくらを作り、そこに跨がった。


「乗れよリリア、メモリアスに行くんだろ?」


 グリフィンの上から手を伸ばす。


「す、凄すぎて言葉が……」


 リリアは口を開けたまま放心状態だ。


「グリフィン、あの女は乗る気がないようだから置いていこう」


「キュイイイイイイイイイイイイイイイン!」


 グリフィンが翼をバタバタさせて浮上する。


「乗ります! 乗りますから! 待ってくださぁい!」


 リリアは転がるようにして荷車に乗り込んだ。

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