005 リリアの告白
リリアは家に上がってくるなり、とんでもないことを言い出した。
「今、何て言った?」
聞き間違いだと思った。だが、断じて聞き間違いではなかった。
「私をクリフさんの家に住まわせてもらってもいいですか? いえ、一緒に生活させて下さい! 家事とか全部やりますから! お願いします!」
まさかの同棲希望だ。
「……何がどうなってそうなった!?」
「さっき助けていただいて、その……好きになりました!」
「す、好きィ!?」
妙にうわずった声が出てしまう。唐突の告白にびっくりした。
「急だってことは分かっているんです。それにクリフさんと私は知り合って一時間くらいしか経っていません。でも、惚れてしまったものは仕方ないじゃないですか!」
「あの程度の敵、それなりの冒険者なら誰でも倒せるぜ?」
「でも、実際に倒したのはクリフさんです! 土がぶわーってなって、あんなに凄い魔物が一瞬で消えました! 凄いです!」
「は、はぁ……」
恋は盲目という言葉がある。リリアはまさにその状態だった。
(気持ちは嬉しいが……)
どうしたものやら、と戸惑う。
「もちろん、お付き合いしましょうと言っているんじゃないんです。そうなったら嬉しいですけど、クリフさんのような方に私なんかが釣り合うわけないのは分かっていますし……。ただ、もっと私を知っていただければ、もしかしたらそういう可能性もあるかなって思うのです。ですから、お近くにおいていただけませんか? 出来る女だって証明しますから!」
こうも熱弁されると断るのは難しかった。
(客室は十分にあるし、この広い家で一人きりなのは寂しいだろう)
そう考えた俺は、「分かった」と頷いた。
「では、リリアが満足するまで一緒に生活しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ただ、先に言っておくが、俺は特定の誰かと付き合うつもりはないぞ。だから、仲間として好きになることはあっても、それ以上の関係にはならないと思う。それでもいいか?」
「かまいません!」
「だったら何も言わないさ」
実は昔、恋愛沙汰で揉めたことがある。
かつての仲間ことリーネといい感じになった時のことだ。PTに色恋を持ち込むのは御法度だから交際関係には発展しなかったが、しばしば二人きりで過ごしていた。
それがシャドウの癪に障ってしまい、緊急会議に発展した。〈影の者達〉が解散寸前に陥った数少ない問題である。
それ以降、俺は女から距離を取っていた。付き合うにしても、互いに遊びと割り切った関係ばかり。自然消滅が当たり前だし、他の異性とイチャイチャしようが揉めることはなかった。
(恋愛か……)
冒険者を引退したわけだし、もう遊び呆ける歳でもない。真剣な恋愛を考えてもいいかもしれない。リビングのソファにもたれながら、そんなことを思っていた。
「クリフさんは新聞を読むのですか?」
背後から声が聞こえる。振り返ると、リリアがダイニングテーブルに散らばった新聞を眺めていた。
「おう。リリアは読まないのか?」
「はい! 全く読みません! 冒険者は新聞を読むのが当たり前なのですか?」
「いや、そうでもないよ。俺の世代もそうだが、若い奴らは新聞なんて読まない。ゴシップ誌やファッション誌の方が人気だぜ」
「なら、クリフさんはどうして新聞を読むのですか? それもこんなにたくさん」
「情報が詰まっているからさ。俺は基本的にサグラードにいたが、新聞を読んでいるおかげで他の都市のこともある程度は知っている。例えばここから馬で二・三時間程度の距離にある〈メモリアス〉って都市は、領主の変更に伴って税制度が変わったそうだな」
「そうですそうです! 領主様が変わって、税制度が大きく変わりました! すごく分かりやすいシステムになったんで、おじいちゃんも『老人に優しい』と喜んでいました!」
「リリアの祖父って町長か?」
「そうです!」
「なるほど」
その後も俺達は、色々と雑談を楽しんだ。
リリアは丁寧口調ながら遠慮無く話す元気な子で、一緒にいて楽しかった。
◇
翌朝――。
早朝にしっかり目が覚める。慣れないベッドで寝たが疲労は残っていなかった。長らく冒険者をしていただけのことはあるな、と一人で笑う。冒険者は宿屋で過ごすのが基本なのだ。
すぐ隣でリリアが眠っている。別々の部屋で寝る予定が、気がつくとこうなった。
「リリア、起きろ、朝だぞ」
リリアを起こそうと、頬を軽くペチペチ叩く。
「もうちょっとだけぇ、ぐへへぇ」
リリアは俺の腕に抱きつき、枕に涎を垂らして起きる気配がない。
「田舎の人間は早起きだという偏見は改める必要があるな」
抱きつかれている腕をスッと抜いて、ベッドから這い出る。
「クチュンッ!」
俺の枕にクシャミをぶちかますリリア。布団から肩が出ているせいで冷えているのだろう。寝る時に服を着させるべきだった。
「ま、この程度なら俺でも対応できるか」
リリアの額に右の人差し指と中指を当てて、簡単な
「さて、朝メシを……じゃないや、畑を見ないとな」
一階に下りたところで、農家になったことを思い出した。殆どの作業をリリアに任せてしまったので、まるで実感が湧かない。
こんな状況を「農業の楽しみが台無し」などとは思わず、むしろ「リリアのおかげで快適だなぁ、農業最高!」と感じているあたり、俺には農業のセンスがない。所詮は趣味だ。
「うおっ!」
昨日種を植えたばかりのイチゴが、もう真っ赤な実をつけていた。
流石の俺でも分かる――これは異常事態だ。
「昨日キマイラを食ったおかげで畑の栄養がブーストしやがったな」
参考書によると、通常、イチゴの実を大きくするには受粉が必要だ。その為にミツバチを解き放つなどの作業を行う。
だが、ウチのイチゴにそんなものは必要なかった。
「おはよぉごじゃいましゅ、クリフしゃん……って、なんじゃこりゃあああああ!」
リリアは窓を開けて挨拶するなり畑に気づいて驚愕する。顎が外れそうな程に口を開き、眼球は今にも飛び出しそうになっていた。
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