第3話 お食事タイム


(じゃあツムリンのステータスは別に見なくていいや。そこまで興味があるわけでもないし)

「そう言われると……傷つきます。ぐすん」


 そう言ってしょんぼりするツムリン。


(じゃあ見せて)

「恥ずかしいです……」

(……………………)


 面倒なやつだな。


 ぶん殴るぞ。


 腕ないけど。


(それで、ツムリンはこれからどうするつもりなんだ?)

「もともと交●相手を探す旅の途中でしたから、このまま旅を続けますよ」

(なるほど)


 その時、俺はツムリンが何やらもじもじと伸縮していることに気付いた。


(…………どうかしたのか?)

「あのぉ……もし手伝っていただけるのでしたら、一緒に来てくれると助かります。一人より二人の方が、生存率が上がりますからね!」とツムリン。


 ――カタツムリとナメクジがいくら集まったところで無駄だと思うけど……。


 一瞬そんな考えがよぎったが、実際、この世界について詳しい人間――じゃなくてカタツムリが側に居てくれるのは心強い。


(行く当てもないし、その方が俺も助かる。これからよろしくな、ツムリン)

「はい、よろしくお願いします! えっと…………そういえば、ナメクジさんには名前がありませんでしたね」


 田中――と言いかけたが、この姿には合わなすぎる。


 そっちの俺はトラックに轢かれて死んだのだ。


(……もしよかったら、ツムリンが考えておいてくれ)

「え、私がナメクジさんに名前を付けて良いんですか?」

(ああ、いいぞ)


 そう返事をした俺だったが、ふとある疑問が浮かび上がる。


(――そういえば、ツムリンは誰に名前を付けてもらったんだ?)

「大精霊様です!」


 また大精霊様か……。カタツムリに名前を与えるなんて、よほど暇なのだろう。


「……そうだ、もしよかったら、大精霊様に会いに行きましょうか! きっと、あなたにも素敵な名前を付けてくれるはずです!」

(あー……うん。物知りの大精霊様とやらには会ってみたいし、それでもいいけど……)


 正直、ネーミングセンスの方はあまり期待できないな。かなり安直だし。


 ナメりんとかナメナメとかナメちゃんとか、何とも言いがたい名前にされそう。


(ツムリンはそれでもいいのか? 寄り道することになるんじゃ……)

「もともと、どこに相手が居るのかもわかりませんし、構いませんよ! さっきは格好つけて旅をしているなんて言いましたが、実際はどうにか命を繋ぎながらアテもなく彷徨っているだけです!」

「そ、そうか」


 聞いているだけでこれから生きていけるのか不安になってくるな。


(……そ、それじゃあ、案内を頼めるか?)

「決まりですね! それでは、大精霊様のお家へしゅっぱーつ!」


 かくして、俺とツムリンは大精霊様とやらに会うために出発したのだった。


 *


 歩き始めてすぐに暇を持て余した俺は、ツムリンに魔力を介してテレパシーをする方法と、周囲の音を聞く方法を教えてもらった。


 これで、もう前のように不意に襲われる心配はないだろう。


「おいしょ、おいしょ」

「…………………………」


 そして現在、俺は先頭を歩くツムリンの後を追いかけている。


「うんしょ、うんしょ」

「……………………………………」


 ……遅い。遅すぎる。足が遅すぎてどうにもならない。


 かれこれ半日くらい移動したが、まったく進んでいる気がしない。


(……なあ、ツムリン)

「はい? どうかしましたか?」

(あとどのくらい歩けば大精霊様のところに着くんだ?)

「うーん……大体五十日くらいです!」

「そんな……」


 長すぎるだろ……。俺は、大精霊様に会いに行きたいなどと言い出した過去の自分を呪った。


「……ああ、もしかしてお腹が空いたんですか? それじゃあこの辺で休憩にしましょうか!」とツムリン。


 別にそこまでお腹は空いていないが……。


(ところで、ツムリンは何を食べるんだ?)


 俺はツムリンにそう問いかけた。


 たぶん、カタツムリと同じものを食べれば俺の体も問題ないだろう。


 ……大丈夫だよな?


 もし虫とかだったら、俺はこのまま餓死する道を選ぶ。


「木に生えた苔とか、落ち葉とかです! そこから栄養と魔力を補給してるんですよ!」


 ……あんまり美味しくなさそうだけど、虫よりはマシかな。


(なるほど、俺もそういったものを食べれば良いのか)

「自分が食べるものも分からないだなんて……もしかして、ナメクジさんは生まれたばかりなんですか……? それともあほの子なんですか……?」

(どちらかと言えば前者だ)

「……それにしては、随分と成長しているように見えますが」

(いろいろとこっちにも事情があるんだよ)


 ――別に、俺が転生者であることをツムリンに隠す理由はない。


 だが単純に、話してもカタツムリのアタマでは理解できなさそうなので、適当にあしらっておくことにした。


 元ニートは他人(?)に事情を説明することすら面倒くさがるのだ。


「それじゃあ、私は地面の苔を食べますね!」

(あ、ああ……好きにしてくれ……)

「いただきまーす!」


 それから俺は、ツムリンが苔を食べる様子をしばらく観察した後、見よう見まねで食事を始めた。


 ――詳しい説明は省くが、俺は食事の時間が嫌いになった。


 もしかして、これから俺はずっと苔をかじり、少量の水分を啜る生活を送らなければいけないのだろうか。


 考えただけで嫌になる。


 人間に戻りたい……。


 俺はこの時初めて、人間の体のありがたみを理解した。


 ――だが、もう人間に戻ることは叶わないのだろう。


 せめて、二階にあるはずの俺の部屋に突っ込んできたトラックに天罰が下ることを祈る。


 


 





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