第2話 カタツムリ×ナメクジ


(い、いまなんて……?)


 俺はツムリンの言葉に戦慄する。


「子孫を残しましょうと言ったんです! ただでさえ動きの遅い我々がこの機を逃せば、もう二度と繁殖のチャンスがやって来ないかも知れませんよ!」

(な、生々しい話だ……)

「私の方は……いつでも準備できていますよっ……!」


 カタツムリのくせに恥じらいながら近づいてくるツムリン。


 まずい。このままでは襲われてしまう。


 カタツムリで卒業してしまう。


(た、頼む、俺には無理だからやめてくれ…………!)

「そんなの、ヤってみないと分からないじゃありませんか!」


 なんとかこのカタツムリを言いくるめる方法はないだろうか。俺は自身の純潔を守るために、必死に頭を働かせる。


(い、言っただろう。外見は似ているが、ナメクジとカタツムリでは根本的に種族が離れすぎている。子孫を残すことは不可能だ)

「そんな…………」


 落ち込むツムリン。実際のところどうなのかは知らないけど、通じたみたいだ。


「そうですか……じゃあ……仕方ないですね……」

(ああ、悪いな)


 可愛そうだが、カタツムリに俺が守り続けてきた純潔は渡せない。


「うぅ、全て振り出しに戻ってしまいました……」


 悲惨なくらい萎びているツムリン。そういう反応をされると、こちらとしても気まずい。


(…………ま、まあ、ツムリンは命の恩人だし。できる限り繁殖の協力はするよ。要するに交尾の相手を見つけてやればいいんだろ?)

「は、はしたないですよ……そんな言い方……っ!」

(失礼……子孫を残せる相手を探してやる)

「本当ですか?! ありがとうございます!!」


 すると、ツムリンは喜びながらぬるりと接近してくる。


 お前のはしたない判定の基準がわからないよ、ツムリン。


 ――だがともかく、ツムリンの説得には成功したみたいだ。


 ほっと一息ついたその時、突然脳内にファンファーレが鳴り響き、頭上にレベルアップの文字が浮かんだ。


(……なんだこれ)

「あ、おめでとうございます! レベルアップしたんですね!」

(れべるあっぷ……?)


 ここ、そういうの有りな世界だったのか……。


 しかし、ナメクジがいくらレベルアップしたところで無駄なのでは?


「レベルアップをすると、スキルや耐性が獲得できたり、色々な能力が上がったりするんですよ!」


 そんな俺の疑問を感じとったのか、ツムリンはそう説明してくれる。


(詳しいんだな、ツムリン)

「友人の大精霊様が教えてくれました! 大精霊様は森の泉に住む、すごいお方なんですよ!」

(ふーん……?)


 よく分からないが、ツムリンに知識を与えている何やら凄い存在がいるみたいだ。


 だから、ツムリンはカタツムリなのに色々と知っているらしい。


 そんな博識カタツムリに命を救われるだなんて、俺は運が良かったのかもしれない。


 ……ナメクジに転生してる時点で圧倒的にマイナスだが。


 とにかく、これから疑問に思ったことはじゃんじゃんツムリンに質問していこうと俺は思った。


(ところでツムリン、自分のレベルとか覚えたスキルを確認する方法はないのか?)

「もちろんありますよ!」

(あるんだ)

「心の中で『ステータスッ!』と念じるんです」


 叫ぶタイプのやつじゃなくてよかった……。


 もしそうだったら、そもそも喋れない時点で詰んでたけど。


 ……御託はいいからちゃっちゃっと試してみるか。


(ステータスッ!)


 俺は心の中で叫んだ。


 すると、目の前にステータスウィンドウが表示される。



 *ステータス*


 名前:なし

 種族:ナメクジ

 性別:不明

 年齢:不明


 Lv:2

 HP:1/5

 MP:0

 STR:2

 INT:1

 DEF:2

 MDF:4

 スキル:鑑定、説得

 耐性:水耐性、塩特効



 かつて時間を持て余したニートであった俺は、それなりにゲームもやってきた。能力値の見方はおおよそ見当がつく。


 HPはヒットポイント、体力。これが0になったら死ぬのがお約束だ。


 MPはマジックポイント、たぶん魔法とかスキルを使う時に消費されるやつだな。……俺の場合、最初から0だけど。


 STRはストレングス。つまり力、パァウァーぱわーである。これが高ければ高いほど、相手をぶん殴った時に与えるダメージが増える。筋肉は全てを解決するのだ。


 INTはインテリジェンス。知力、頭の良さだ。頭脳明晰な俺が知力1なんてことは断じてあり得ないので、おそらく魔法攻撃力を表した数値だろう。そうに違いない。


 DEFはディフェンス。防御力で、MDFはマジックディフェンス。魔法防御力だ。


 さて、改めて俺の能力を見直してみるか。


 どれどれ……ふむ。


 ――なるほど。雑魚じゃん!


「どれどれ…………お、ちゃんとレベルが上がってますね。この調子でどんどん頑張りましょう!」


 俺が困惑していると、ツムリンが俺のステータスウィンドウを横から覗き込みながら言った。


(レベル以外はほとんど何も上がってなさそうだけどな)

「そんなことありません! あなたは着実に強くなっていますよ!」

(いくら強くなろうが、元が弱すぎるぞ)

「ほ、ほら見てください! 鑑定のスキルがあります! このスキルは、自分の目の前のモノが何なのかを判別してくれる優れモノらしいですよ! 最初から覚えてるだなんて羨ましいです!)


 なるほど、だからヤツの瓶に「塩」って表示されてたのか……。


 それなら、これからはこのスキルを使って、なるべく塩を避けた方が良さそうだな……。


(……そういえば、ツムリンのステータスはどうなってるんだ?)

「わ、私ですか?!」

(うん。見せてくれよ)

「そっ、そんなの恥ずかしすぎます!」


 …………え?


(待てよ。ステータスを他人に見せるのが恥ずかしいのか?)

「だって……個人情報ですし……見られたら私のあんなところやこんなところが丸裸にされちゃいますっ!」

(でもツムリン、いま俺のステータスのぞき込んできたじゃん)

「ご、ごめんなさい……ラッキースケベだったのでつい……」


 触手をしなしなに萎れさせながらそう言うツムリン。


 おかしい。言葉は理解できているのに言っている意味がわからない。


 ステータス見て興奮するとか……どんな上級プレイだよ……。


「と、とにかく、この調子でどんどんレベルアップしていきましょう!」

(話をそらすな。お前のステータスも見せろ)

「断固として拒否しますっ!」


 ツムリンの意志は固かった。


 ……でも、どうせ俺と大差ないだろうし別に良いか。


 

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