Act.2:[ラヴァース]-愛の行く末- ①
ザッ、ザッ、ザッ。
「どうして、誰も…私を愛してくれないの?!」
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
「私は、こんなに、愛して、いるのに…」
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
彼女の名はスカーレット。血のように赤い眼差しを持つ、美しい女性だ。
長い髪を振り乱し、瞳孔を開かせて。彼女が今、何をして居るのかって?
それはね…。
国の象徴である城が聳える崖下の、とある小さな村の中。後方に樹海の広がるこの村は、王都から離れて居ることもあって人気が少ない。
二人はそんな村の一角にある、余り広くはない家の屋根裏で、何時ものようにコトの顛末を見守っていた。
「何よあの女!」
薄暗い室内に彼女…スカーレットの甲高い声が響く。
「何って。仕事仲間だよ」
「仕事仲間?白々しい…!」
汚いモノを見る目付きでそう吐き捨てるスカーレットに、相手の男は当たり前のようにこう返した。
「何をそんなに怒ってるんだ?ただ、明日の業務について話を…」
「ふざけないで!そんなこと、許せる訳ないでしょう!?」
「はぁ?お前、何を言って…」
「今後一切、あの女に近付かないで!」
「そんなの無理に決まっ…」
「…私のこと、愛してるでしょう?」
言葉を遮られ続けた末、暗い眼差しでそんなことを言われて…男は困った様に肩を竦めて見せる。
「だからなんだよ。それとこれとは話が別…」
「別なんかじゃない!愛してるなら、それくらいのこと…」
「一緒に仕事をしている人と話さないなんて、出来るわけがないだろう!」
「だったらそんな仕事…やめちゃいなさいよ」
這うように伸びて行くスカーレットの威圧。それに併せて男の肩が震え始めた。恐怖から来るものなのか、怒りから来るものなのかは判別が付かない。
「ふざけるな!君は、俺があの仕事に誇りを持っていることを…」
「誇りと私への愛、どっちが大事なのよ!本当に私のこと愛してるの!?」
「それはこっちの台詞だ!」
「…」
「お前はいつもそうやって、自分の思い通りにならないと直ぐに愛を引き合いに出す。もううんざりだ!いい加減にしろ!」
怒鳴り合いはそこで収まった。肩を上下に揺らす二人が微妙な沈黙の中に浮いて見える。
「…あんなに…」
不意に口を震わせたのはスカーレットの方。彼女の伏せられた赤い瞳が、食い付く様に男を捕らえた。
「あんなに、愛してあげたのに…!」
不思議な音が落ちる。同時に赤が滴り落ちる。
「手作りの人形をプレゼントした、誕生日はいつも祝わせてあげた、あなたのくれた服も着た、毎日ゴハンも作ってあげた、毎日、コーヒーに私を好きになるお薬を入れてあげた」
「な…!」
「愛してるあなたのこと、一から調べて、両親も、兄弟も、親戚も、全部居場所を確認して、昔の女が居ないか探って、見付けたら首絞めて脅して、友達も説得して、聞かない奴は脅迫までして…!あなたが、私だけを愛せるように…!」
一面が赤く染まる。スカーレットの言葉に反論の声は無く。
「それなのに、あなたは裏切った」
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
「いつもそう。どうして!?何でなのよ!?」
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
規則的に響く無機質な音に、時折癇癪が混ざり込む。
場所は移動して村の裏側、誰も近付かない深い樹海の一部。一際大きく育った大樹の根元で、それは行われていた。
「聞いているのなら答えなさいよ!」
作業を中断して顔を上げたスカーレットの乱れた髪が、冷たい空気に熱を放った。それを無機質に眺める二人の人影は、図った様に声を揃えて返答する。
「「私達が何を言おうと無駄なこと」」
一呼吸、その間も実にぴったりと。
「「何故ならあなたが聞き届けないから」」
「ふざけるんじゃないわよ!子供の癖に助言なんて…生意気な!あんた達はただ、私を愛してくれる相手を見つけて来るだけでいいのよ!」
「見つけてきても、また同じことになると」
「判りきっていても?」
二人の変わった特技など既に見飽きたスカーレットは、時間差で響いた二人の落ち着いた声に対し、これでもかと威圧を撒き散らす。
「そうならない人材を見付けるのがあんた達の役目でしょう?!次しぐじったら…」
「殺したらいい」
「僕達を殺すのは、簡単なこと」
「その代わり、あなたは出逢いを失うことになる」
「それでも良ければ、殺せばいい」
二人が言っていることは本当だ。そういう「仕組み」なのだから。そういう「約束」なのだから。
「鬱陶しい…どうして、私ばっかり…こんな目に…」
自らが望んだ筈のことに唾を吐き捨て、スカーレットはスコップを叩きつける。出来上がった穴。それに無造作に放り込まれた「ヒト」の形をしたものが、醜くグシャリと大きく鳴いた。
それを気にも止めず、スカーレットは巻き戻し作業に入る。そうして、掘り返した柔らかい土で埋められていく「ヒト」を見守るのは、二人の人影と沢山の大樹だけ。
スカーレットの瞳に宿る憎悪は、最早「ヒト」を見ていないのだ。
例え一時でも、自分の事を愛してくれた筈の、その「ヒト」を。
やがて森に静寂が舞い戻る。先程まで放出され続けた大量の感情など、既に忘れてしまったかのように。
残された二人の人影は、普段から繋がれたままのお互いの掌を固く握りしめた。
「可哀想」
「ああ、可哀想だ」
数時間前までは人だった「ヒト」を見下ろしながら、二人は強い声を漏らす。
「愛して貰うことが出来ないまま、死んでしまうなんて」
片割れの少女が呟いた。土の隙間から微かに覗く指先を見詰めながら。
「大丈夫さ。彼は死ぬことによって、愛を得た」
片割れの少年が呟く。見下ろしていた地面から目を離し、天高く伸びる大樹を見上げながら。
「分かってる」
少女もまた、少年の視線の先を追いかけた。雲に支配されたグレーの空を覆い隠す、立派な大樹を見詰める二人。その眼差しは、先程とは違う光を帯びていた。
そうして暫く大樹を愛でていた二人の思考は、ふとした瞬間に現実に戻ってくる。宿っていた筈の光が失せた眼差しで、少年がポツリと言葉を漏らした。
「彼女は何時になったら、気付くだろう?」
「何時まで経っても、気付かないと思うわ」
「そうだね」
さして感情も籠めずに返答する少年は、少女と共にスカーレットの去っていった方向に向き直る。
「「可哀想に。本当の愛を知らないまま、死に絶える事になるなんて」」
棒読みに似た響きが重なって、不思議な音を靡かせる。二人はそのままため息に似た声で会話を続けた。
「そして、彼女はきっと。死んでも尚…気付かない」
「そうね」
「僕達に出来るのは、ただ…見守ることだけだ」
「愛を注ぐ自身に魅了された彼女が、どんな最期を迎えるのか」
少女の言葉に頷いた少年は、悠々と佇む大樹の幹を優しく撫でてやる。
「彼女の最期は、君の最期だ」
「大丈夫。私達が最期まで、見届けて差し上げます」
少女の左手が、少年の右手に重なった。二人は再び、思いを籠めて。
「「尊敬すべき、真実の愛を持つ、あなたを…」」
沢山の「ヒト」を見守り続ける大いなる樹に、友愛と敬意の言葉を送った。
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