Act.2:[ラヴァース]-愛の行く末- ②
宛てもなく国内をさまようちぐはぐな二人組。
彼等の荷物が然して多く見えないのは、ここ一週間程街に立ち寄っていないから。現在の彼等は深い森の更に奥、人里離れた山間の手前まで足を進めていた。首を直角にしなければ国の象徴すら見えない位置。もっと言えば磁場が狂っているようで、方角を確認するのも一苦労だ。
しかし二人は焦る様子も見せず、長い長い沈黙に身を委ね続けている。
不意にそれを破ったのは青髪の青年の方だった。
「そう言えば…他にも被害者が居るんだろう?」
「被害者?何の話じゃ」
青年の疑問に答えるのは幼さの残る声。エニシア=レムとジャッジメント…相変わらずのこの二人組は、歩みを止めることなく会話を続ける。
「何って。アイシャ=ワールドに強盗された被害者」
「相変わらず失敬なやつよの。アイシャは強盗などしておらぬではないか」
「どう考えても強盗だと思うけど」
「占いの報酬として品物を受け取る、それの何処が強盗だと言うのじゃ?」
「少なくとも僕は、占いを望んじゃいなかったよ」
「しかし、抵抗せずに受け入れたじゃろう?」
「こんなことになるって知ってたら、抵抗くらいはしたかもな」
気の無い返答に瞳を歪めたジャッジは、行く手を阻む巨大な切り株によじ登りながら皮肉を漏らした。
「認めたな?お主にも非があると」
「認めてないよ。知らされないうちに勝手に占われたんだから…。ああ、じゃあ言い替えるよ。詐欺だ」
「不老不死の力を受け取っておいて良くもまぁ…」
「死にたいって言ってるんだけど?」
何日かぶりにジャッジの眼差しを振り向いたエニシアは、低位置からの妖しい笑顔を見て目を細める。
「エニシア。お主はもっと良く考えるべきじゃ」
「良く考えたよ」
ため息のような声を鼻で笑い、ジャッジは両手の平を空に向けた。
「不老不死など、そう簡単になれるものではないぞ?得しておるではないか。その見返りとして瞳の色を交換された程度…なんて事は無かろうに」
「基準が分からない」
「大々お主、何がそんなに気に食わんのじゃ?視力が変化したわけでもあるまい」
灰色の空から今にも雨が降り注ぎそうに感じたのか、直ぐ様両の手を引っ込めたジャッジは、片方の人差し指をエニシアに突き出してみせる。エニシアはそれを見据えながら、やる気の欠片も感じさせない声を吐き出した。
「…なんとなく。気持ち悪いから」
エニシアの凄いところは、適当に放たれた言葉の中に嘘偽りを感じさせないことだろう。ジャッジはそれを承知して、呆れた様に呟いた。
「詰まるところ、大して怒っては居らぬようじゃの」
「怒って済むなら、とっくにそうしてるけどな」
「それでも尚、アイシャを探すか?」
「面倒だが、そうでもしないと、君達…折れそうにもないし」
「したところで折れるとは限らんがな?」
ジャッジが漏らした「どっこいしょ」という掛け声にあわせて、エニシアのため息が漏れる。
「…ホント、最悪だよ。君達」
「お主に言われとう無いわ」
横たわる太い木の幹を挟んで言葉を交わした二人。エニシアはそれを乗り越えて、再びジャッジに問いかける。
「で。ジャッジ、君はあの女の行き先とか知らないのか?」
「この期に及んでなにを抜かすか…。そこまでわしに頼ろうと言うのであれば、それこそ大人しく審判を受け入れたらどうじゃ?」
「どうして?」
「その方が楽になれると言うておる」
「意味が分からないよ」
ため息と共に歩みを緩めたエニシアに、ジャッジは立ち止まりがてら大きく息を吐き出して見せる。それはため息を越えて、深呼吸になりかねない程大袈裟な仕草だった。
「エニシア…お主、些か頭が悪いようじゃのう」
「そんなことないよ。だって、君の審判を受け入れたら…この先何年も生き続けなきゃならないんだろう?」
「生きることを面倒とするお主の頭がおかしいと言うておるのじゃ」
「良いじゃないか別に」
ジャッジの憤りに似た呆れも虚しく、エニシアは淡々と持論を返すだけ。これ以上は無駄だと悟ったのか、はたまた何か気になることがあったのか、ジャッジは不意に進行方向を転換する。
「全く…。面倒な男よのう」
「そう思うなら、早いところ見切りを付けてくれよ」
その背中に続きながら、エニシアはやる気の端もなく呟いた。
「僕も早く、自由になりたいんだ」
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