第3話 かわいい弟子たち

「ん。。。そろそろ。。。かの」


面白いことに、中也が来るときには、何となくその気配がわかる。

足音がするわけでもない。約束があるわけでもない。

なぜかいつも、中也がここに来るような気がして、それから黙って待っていると必ず、彼はここを訪れる。


半年ほどは会ってなかったが、その期間は鏡花を育てるのに半ば夢中だった。

あの子は、わっちが守ってやらねばならない。

芥川はどうも、鏡花を荒く使う。わっちにはそれが気に入らないが…マフィアに汚れ仕事はつきもの。洗礼としては、やむを得ないか…


コンコン。とノックが聞こえた。


「中也かえ?入りや」


声をかけると、そっとドアが開き、その隙間から少しだけ、中也の帽子が見えた。


「なんで、わかったんです?」

「なにがじゃ?」


中也はそのままするりと部屋に入ると、どうしてノックだけで自分だと分かったのか?と聞いてくる。


「さて。…どうしてかのぉ?」


どうしてなのかは己でもわからないのに、なんと説明していいのやら。


「姐さん…前言撤回していいですか?」

「ん?」

「今日、開けましょう。ワイン」


まるで、ワインのわの時もわからない子供が、年代物の赤ワインを口に含んだかのように渋い顔をした中也が、テーブルのボトルを指さす。


「…返り討ちにあったんじゃな。かわいそうに」

その一言が、中也のタガを撥ねた。


「かわいそうっていうなっ!」

「ほれほれ、取り乱すでない。」

「ちっくしょうっ!あんのクソがっ」

「まぁまぁ。…あ。ここで異能出したら許さんぞえ?わっちの部屋がボコボコになる」

「姐さんっ。もうここで開けましょうっ!飲まなきゃやってらんねぇっ!」


吠えるでない。吠えるでない。


椅子から立ち上がり、机を回り込んで中也の後ろに立つ。


「さっき、約束したからのぉ」


一言そう告げてから、自分より少し低い背を抱きしめた。


「…っ。な。…に。してんすか。」

「いったじゃろ?慰めてやる。って」

後ろからでは、その表情はよく見えないが、耳は赤く染まっている。


「慰めになっているかの?中也」

「…とりあえず、もう、大丈夫っす」

確かに、吠えるのは収まった。


「長期出張から帰ってきただけでも疲れてるじゃろうに。4年ぶりに会った元相棒からいじめられては、…疲れも三倍増しじゃの」


姐さん。

中也はそう言って、胸元のわっちの手を、トントンと軽くたたく。


もう少しこのままでもよかったのに…などというのは野暮。

そっと手を離すと、帽子をかぶりなおした中也が、こちらを振り返った。


「デェト。付き合ってくれますよね?」

少しばつの悪そうな顔で、視線もあっちに向いたまま、中也が言う。


「いいぞ。生ハムとチーズ、じゃろ?どこの店なら、うまいのが手に入る?」

「ご案内しますよ。姐さん」


中也がその手を差し出してきた。

そっと、手を乗せると。

中也は自然にエスコートする。


いつの間にこんな紳士に育ったのか…

ゆるんでしまう口元を、その紳士にばれないようにそっと、袖で隠した。




そして、外に繰り出してから気づく。



「…中也」

「はい?」

「ワイン。忘れた」

「ぁ゛」


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