第2話 雄たけび

「だぁーざぁーいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ???」


その名を口に出すのも忌々しい。

口に出してしまった後でも忌々しくて、今すぐ極上のワインで口をゆすぎたいが

それが安物のまずいワインであったとしても、あの忌々しい人間のために支払う対価としてはもったいなく感じるぐらい、本当に忌々しい。


姐さんは何か可哀想なものでも見るような目でこちらを眺めている。


「…そうじゃ。間違いなく太宰じゃ」

「何しにきやがった。どこにいる?」

「落ち着け。中也」


姐さんは頬杖をついて俺をいさめる。

その目は半ば呆れている。


「いつまでたっても変わらんのぉ。子供のけんかじゃ」

「裏切者ですよ?姐さんはなんでそんなに落ち着いているんです」

「奴がヨコハマにいるのは、中也も知っておったじゃろ?」

「えぇ。知ってましたがね。それでも、のこのことポートマフィアの敷居を跨げる身分じゃねぇことは確かだ」

「連れてきた。とはいったが、鏡花が『捕まえた』のだそうじゃ」

「捕まえた?」

「そうじゃ」


そこで、姐さんの眼光が戻る。


「鏡花は、わっちが目をかけた子じゃ。殺しの腕についてはすでに一級品。だが、太宰は『ただの一流の殺し屋』につかまる程度の男かえ?」


その言葉の意図は、俺が一番よくわかっている。


「いいえ」

「じゃろ?」

「どこにいるんです?」

「ポートマフィアに仇なしたものがいく場所と言ったら、…わかるじゃろう?」

地下牢か。


「姐さん。…ワインはまた今度、開けましょう」

失礼します。と踵を返す。

「行ってどうするのかえ?」

背中にあたった姐さんの声に、ドアまでたどり着いてから答える。


「決まってるでしょ?…いやがらせですよ」

少し振り返ってみると、姐さんは再びあきれ顔をしていた。


「仲がいいんじゃのう」

「どこが?」

「返り討ちにあいに行くのじゃろう?それもわかってて」

「なっ…」


そして、姐さんは笑いながら手を振った。


「行っておいで。負けたら、わっちが慰めてやろう」


いくら姐さんでも。…むかつくっ!




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