第4話 食堂と未来


 空中都市の外縁と内縁の中間地点。主に居住区がきれいに並んで建てられている。その一つに私の家が立っている。


 『昔ながらの食堂』ということを大事にしたいらしく、今では価値が高騰した木をたくさん使った温かさのある空間。ニス塗のL字型のカウンター席には少し古くなったような加工がされている。厨房からお客さんの顔が見えるようにって20㎝くらいの壁で仕切られている。壁に寄せるように4つのテーブル席とその上には手書きのメニュー表。そのメニューに収まりきらない他のたくさんのメニューは壁に短冊上になって張り付けられていて、そのどれもが500円以下で食べられるような安すぎる値段設定。お父さんが働いていてくれるからできることだろう。


 毎日深夜まで店を開けて、毎日朝から仕込み。文字通り一日中忙しくしているけど、私が学校に行くまでの朝の時間。必ず一緒に朝食を食べる。温かくておいしい。お弁当をもって家を出て学校に行く。お母さんは毎日必ず私が見えなくなるまで手を振って見送ってくれる。本当にやさしくて、いつも笑顔のお母さんが私は大好きだ。


 家から5分ほど歩いて公道へ出る。何台もの車がとても速いスピードで走っている。車の完全自動運転化と横断歩道の廃止。地上に人が住んでいたころと違い、すべての道路に小型風力発電機と磁力を持たせることで高速で車を走らせながら、人の移動を助け、発電もする施設となっているのだ。

私は学校から配布されたIDキーを掲げると一台の車が路線変更して目の前に止まる。それに乗り込んで10分と立たないうちに学校につく。

デザインの専門学校。今はクリエイティブな仕事についた方が良いとお父さんに言われていたから、趣味で描いていた絵が仕事にできたらいいなと軽い気持ちで入学した。だからか周りの友達のようにどこの会社に入りたいとか、こういう作品を生み出したいとか、そんなことは考えていなかった。



「本日は自分の進路についてなるべく具体的に考えてくるという課題を出す。提出の期限は一か月後です。期間を長くとっている分、今考えている夢や希望を是非大きく膨らませてください。」


授業の終わり、私にとっては無理難題が押し付けられた。まず夢を考える所から始めないといけないだろう。

今は描いた夢がすべて実現されるといってもよい時代となった。

実は絵を描くことだって技術が必要ない。脳波を読み取る機械を装着してただ描きたい景色を思い浮かべるだけでも絵というのは実体化させることができる。しかし、現実にないものを作ることには弱くて、コピーはできても創造はできない。だからこの分野にまだ機械は入ってこれないんだろう。時間の問題だと思うが…。


車に乗って家へと変える。一か月もあるのだその間に何か見つかるだろう。

扉をガラガラと開けるともう何名かのお客さんが入っている。

農家の恰幅のいいおじさんは入ってまっすぐ進んだ最短距離の席に座っていることが多い。仕事が速く終わっているのか毎日飲みに来る眼鏡の男性は一番奥のカウンター。奥のテーブル席で魚の煮つけを決まって食べるパリッとしたスーツを着た男性はいつもビデオ通話でもしているのだろうか画面に映る男性と何やら楽しそうに小難しい話をしている。


「果菜お帰りー」

「お、果菜ちゃんおかえりー」


 お母さんと常連さんがお帰りといってくれる。私は「ただいまー」と返して二階に上がる。

 学校で出た課題について、考えてみたもののあまりこれだというものは思い浮かばない。何かお母さんの役に立つことだったらいいんだけど。

と、考えていても何も変わらなかった。今日はもういいかと一回に降りて、お母さんの手伝いをすることにした。


「あら果菜、もう学校のことはいいの?いつもありがとうね。でも無理にはいいのよ。」

「私がやりたくてやってるの、お母さん。」


実際に調理することはしない。私がするのは給仕の仕事だ。お客さんの話を聞いたりすることも結構好きな方だ。

二階に行っていた間に、眼鏡のお客さんは帰ってしまったらしい。満席には二、三人足りないくらいの席数が埋まっている。大体この状況が続いてくれる。しばらくすると常連さんのパリッとしたスーツを着た男性から呼ばれた。


「カワハギの煮つけをもう一皿、それとごはん大盛りでおかわりください。それと、」

「ウーロン茶で、カワハギは肝あり、卵なしので良かったですよね。」

「はい。いつもありがとう果菜さん。」

「覚えられていましたね秀哉。にしても摂取カロリーが多いです。明日は歩いて議事堂に向かうことにしましょう。」


 タブレットに映る男性と会話を始めたため、その注文をお母さんに伝える。

お母さんはすぐに3Dプリンターでカワハギを作成する。何度見ても不思議だ。

以前は途方もない時間をかけてできるものが小さい球体だったり、生き物の模型はできても食べられるものではなかったらしいが、今では5分ほどで魚一匹くらいなら簡単に印刷できる。筋繊維を編み込むようにして本物の細胞を高速で積み重ねて作るらしいそれは、本来生きているものをプリントする計画のもと開発されたらしいが失敗。研究員の一人が試しに食べてみたところ本来の物と味わいが変わらなかったことから急遽名前を変えて商品化し、今だに少なくない人数がいる料理愛好家達にヒットした商品である。

 本来は本当に生きているものを作る予定であったため、下処理が必要で破棄する部分もたくさんある。私はどうもそれが納得いかなかった。

そして、いつものように閉店まで手伝った後に最後のお客さんをお見送りして暖簾をおろしてから店の中に戻る。


「お母さん、どうして魚って食べる場所だけ作れないの?」


私は気になっていたことを質問した。いっそ切り身だけで印刷したほうが良いのではないかとも思う。


「どうやって設定を変えたらいいかわからなくてね…。それに高い買い物だったから壊したくなくて…。」


お母さんは困った顔をしている。私は二階に上がって説明書を引っ張り出してきたが英語で書いてあるため、インターネットを使って日本語版を探した。簡単に見つかり、ざっと全体を見てみたが有料でプリントできる魚の種類が増えるデータが追加インストールできるという事しかわからなかった。

下に降りるとちょうどお父さんが仕事から帰ってきたところだった。


「お父さんお帰り。お疲れ様。」

「おぁお、まだ起きていたのか果菜。ありがとう果菜の顔見るだけで元気が出るよ。」


 お父さんは変な声を出していたが、にっこりと笑ってくれた。まずは二階に上がってから手を洗ってきて、その間にお母さんはお父さんの分を含めて二人分のご飯を準備しておく。朝は私と、夜はお父さんと一緒にご飯を食べるのが母の絶対のルールなのだ。

 ちなみにお父さんはゲームの開発をしているという事だけは知っている。自分が開発に携わったゲームについて話すことはあまりないのだ。

手を洗って、戻ってきたお父さんに質問をしてみる。


「お父さん、生体プリンターの設定ってどうやったら変更できるの?いらないところプリントしないようにしてみたくて」

「果菜が聞いてくれるってことは、説明書は読んだあとなんだろう。それなら、プログラムを一回のぞいてみようか。」


お父さんは私の顔を見たら何でも分かってしまうのか、パソコンをもってプリンターの前まで来る。途中お母さんと目を合わせただけで、お母さんは一度手を止めた。テレパシーの力でもあるんだろうか。


「じゃあ、つないでみてみるよ。」


お父さんがそう言ったときには、何度か目にしたことのあるよくわからない文字の羅列がずらりと並んだ。

下にスクロールしていき、ある場所で数秒止まりそのあと最後までその文章を流し見していった。


「これなら果菜でもこのプログラムをなおすせるよ。すごく丁寧にかいてくれてるからね。」


お父さんはパソコンを少し操作して、私に渡してくれた。


「ちょっと勉強すればすぐできるようになる。失敗してもいいから、自分が興味をもったこと大事にしなさい。」


私はお父さんにありがとうと伝えて、二階の自室にパソコンを持ち帰る。

一度プログラムを見てみるが正直何が書いてあるのか一切わからない。私はその日からプログラムについて勉強を始めることにした。



 初めて見ると案外簡単で、大体どのような処理をしているのかわかるようになってきた。作らなくてもいい内臓の部分はそれぞれ別々に作成していることが分かった。その部分のスクリプトを丸々消去してみたところ、上の身と下の身がピタッとくっついてしまった魚ができた。

本来。下の身をプリントし、内臓、その上に上の身をプリントするため内臓がなかったところの支えがなくなり、また下と上同じ細胞を使っているから完全に引っ付いてしまったみたいだ。

 この方法で消すことができたのは鱗だった。鱗は魚体が完成した後につけられるもので鱗とりの手間がなくなったのはお母さんも喜んでくれた。

そのほかにも骨をなくしてみると煮つけの味が落ちたり、内臓消去でおいしく食べれる魚卵や肝までなくなったりと様々な失敗に見舞われた。


そして、3週間後。

夜、お父さんが帰ってくるのを待ってから私が調整した生体プリンタを試してみることにした。


「お父さん、お母さん見ててね。」


二人をプリンタの前に呼んで、印刷のボタンを押す。

今回の魚は苦労したカワハギだ。みるみるうちにカワハギの形が作られていき出来上がったのは立派におなかの膨らんだカワハギだ。もうすでに皮がない状態だ。


開いてみると、肝は入っているがそれ以外の内臓は一切なく下処理をしなくてももう食材として使えるレベルだった。


「内臓の部分には身の細胞を代わりに入れて、皮の部分はプリントしないようにしたの。肝の部分が苦労したんだけど、内臓のコードの部分からサイズだけを一つずつ大きくしていってからやっと見つけたのよ!」


ふと、二人の顔を見ると二人とも嬉しそうに微笑んでいる。


「よくやったね果菜。」

「ありがとう果菜。お母さん嬉しい。」


きっと私はこの時の喜びを一生忘れられないだろう。

お父さんにパソコンを返そうとする。


「そのパソコンは果菜にあげるよ。もうお父さん新しいのかっちゃったんだ。それに興味あるでしょ。」


本当にお父さんはテレパシーが使えるのかもしれない。

私はこの試行錯誤しながら、次々と形が変わっていく魚をみるが面白くて仕方がなかった。一つ一つに結果が出る達成感と思っていた通りになる満足感。私の夢は決まっていた。


「ありがとう。私、お母さんの料理が好き。プログラムも面白かった。ちょっとの違いで食べ物の味が変わるのも不思議でもっとたくさんの人にここの味を伝えたい。

だから私。今はまだ味を感じる機能も、食材を作る機能も足りていないけど、いつか仮想世界にここの二号店を開きたい。誰でも来れて、来た人みんな笑顔になれるそんな空間を作りたいの。」


「やってみなさい。期待してるよ。」


その日は、カワハギの煮つけを三人で食べて、みんな笑顔になった。



学校の課題は無事に提出できた。あの課題をもらったときは全く何を書いていいかわからなかったけれど、一か月で大きく変わることができたと思う。


「仮想世界での二号店」という私の課題が、高く評価されて学校中に紹介されたのはまた別のお話。

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