第2話 学校と友人


春。私たちは高校生になった。

小さいころからずっと友達の舞と同じ高校。少し背伸びした学力の高校に私たちは二人で頑張って入った。忘れられない合格発表。私が自分の番号を読み飛ばして落ちちゃったと言ったときに、バカじゃないの?と私の番号が書かれた場所を指さしてくれたこと。舞がいなかったら私は受かったことすら知らないままだったのだろう。そのあと二人で涙を流しながら、抱き合って喜んだのを覚えている。


けれど、その喜びもすぐに崩れていった。

舞の父親が働いている会社が倒産したのである。母親は専業主婦だったため収入がなくなった舞の家族は地下での生活を余儀なくされた。



それからだ。舞とあまり話さなくなってしまったのは…。空中都市と地下とでは携帯端末では連絡を取り合うことができない。ほとんど毎日のようにしていた電話も入学してからは一切ない。運よく同じクラスにはなれたものの、舞はいつも体調が悪そうにしていて、いつ話しかけに行っても「後にしてくれる。」といわれることが常であった。今日こそは前みたいにたわいない話題でもよいから話をしようと私は舞の隣の席に座る。


時間は昼休み。教室内ではいくつかのグループがまとまって食事をとっている。扉の一番近くで一番前の席の舞。舞は机に突っ伏して少しでも目を閉じていたいといった様子だ。


「マーイっ!お昼ごはん食べよう?」


私は思い切って明るくふるまってみた。しかし、舞は小さくうめくだけで顔を上げようともしない。


「舞…。午後の授業おなかなっちゃうよー。」


舞のほっぺたをツンツンと突いてみる。


「触らないでッッ!!」


舞は急に起き上がり、私をはねのけた。その時私はどういう顔をしていいのかわからなかったが、舞が怒った顔から申し訳なさそうな顔に変わったことから、きっとひどい顔をしていたのだと思う。舞はそのまま机に伏せなおして、私は少し静かになった教室。自分の席に戻って一人で昼食をとった。


放課後。舞は帰る寸前に私の方をちらりと見てから、バツが悪そうに帰っていった。私はその姿にとても嫌な予感がした。このまま何もしなかったら舞はもう昔みたいに話してくれないのではないか?そう思ったからなのか私はいつの間にか舞を追いかけて電車に乗っていた。私が変える方向とは全く別の線。ふたり用座席の窓がわに座る舞を見つけて、そっと隣に座った。

景色を見ていた舞は突然隣に座ってきた誰かを少し見て、驚いたように今度は凝視する。


「楓?なんでこの電車に乗ってるの?線違うでしょ。」


今度は私が無視する番だ。ふんふーんと鼻歌を歌いチラリと舞の方を見る。


「どこまでついてくるか知らないけど、長いよ。」


そういって、舞はイヤホンを片方手渡してくれる。流れているのは私が以前。舞におすすめしたミュージシャンの曲。たくさんのアニメの主題歌を歌っている独特な歌詞を書く人だ。まだ聞いてくれていたことがうれしくて、そしておんなじ曲を聞いてたからとかいう簡単な理由で私達はつながっているような気がした。


電車に揺られて一時間と四十分。あっという間の事だった気がするが長い時間だ。


「流石に、ここから先は良いよ…。」


舞はつらそうな顔をしている。辛い時。舞は必ず下を向く。自分のはいている靴の先を見る癖があるのだ。つまり、舞がいつも元気がなさそうな理由はきっとこの先にあるんだろう。


「嫌。もうちょっと一緒にいる。」


私は舞についていくことにした。やがて見えてきたのは、三十人で授業を受ける教室よりも2周りくらい小さい白い円柱だった。下のボタンと右に動き続けている光るバーきっとこれはエレベーターなのだろう。


「これに乗れば地下まで一本だからもう大丈夫。ここまでありがとう。」


それだけ言って舞はさっさとエレベーターに乗り込んだ。しかし、やはり私と目を合わせてくれない。目の前でエレベーターが開いた。中から人が大量に出てきて、全員が出たところで、舞はエレベーターの中に入り私をそれについていった。


「なんでついてきてるの?後悔しても、遅いからね…。」


次々とエレベーターの中に人が入ってくる。気づけば私たちは一番奥まで押しやられていた。


「それでは下へまいります。」


エレベーターガールであろう白髪の女性がレバーを下げた。


はじめに感じたのはとてつもない浮遊感。

床がなくなってしまったかのようで、その感覚はずっと続いていた。隣で密着している舞に話しかけようとするも口を開けない。気持ち悪さで第一声と共に嘔吐してしまいそうだったからだ。舞も周りのほかの乗客もみな一様にひどい顔をしている。

一人の眼鏡をかけた男性がことさら青い顔をしていて、バッグから袋を取り出して口に当てがった。


「ヴゥオオッオエェェーーー」


我慢の限界だったのかゲロを吐いた。エレベーター中に最悪な匂いが充満する。周りの人々もまた青い顔になった。私も気持ち悪くて仕方ない。


そんな地獄のような空間がおよそ十三分ほど続いた。

今度はズシンと床にたたきつけられるような重力に襲われ、私は口に手を当てる。

もう限界かもしれない……。


エレベーターの扉が開き、次々と人が出ていく私の番はまだ来ない。

とりあえずトイレに行きたいが、おおよそ口を開ける状態ではない。


「トイレならこっちだから!」


舞は私の顔色からわかってくれたのか、私の手を引いてトイレまでかけていった。


「ヴゥオオッオエェェーーー」


「さっきのおっさんとおんなじじゃん」


無事にトイレまでたどり着いて、自分でも驚くほど思いっきり吐いた。

隣の個室に入った舞も笑ってしまうほど、それはもう盛大に吐いた。


「後悔したでしょ。こんなところまできて。ここからまた帰んないとなんだから…。」


舞の声が隣から聞こえる。


「舞がなんでいつも辛そうなのか、知れてよかったよ。」


長い通学時間。気持ち悪さの中電車に揺られて、学校での授業。休み時間くらい眠っていたいはずだ。私だったらこんなことをしなくてはいけないのなら学校に行くのをやめたくなるかもしれない。


「私は、前まで上にいて地下の事なんて考えたことなかったんだよ。ただそんな場所もあるんだって風にしか思ってなかった。だけどさ、実際自分がその立場になると、上の世界の人たちが羨ましくてしょうがない。

きっと私。多分、恨んでる…。どうしてここには幸せそうな人しかいないんだ、どうしてそんなにも笑っていられるんだって!

私怖かったんだよ。このままじゃいつか楓を傷つけて、友達でいられなくなっちゃいんじゃないかって。」


舞の嗚咽がこちらにも聞こえてくる。


「そうか、私も怖かったんだ。前みたいに舞とお話しできなくなっちゃうことが。でもね、電車の中で聞いた音楽と私が何も言ってないのにここまで連れてきてくれたこと傷つけないようにって距離を取ったこと。不器用で、やさしくて、それでもなんだか気が合うところ。舞はここにきても変わってないんだよ。だから、私は舞の事大好きずっと友達でいたい。だから、ここまで追いかけてきちゃったんだ。」



「ありがとう。楓。」




私たちの時間は静かに流れた。

顔を見なくても、私たちは確かに繋がっているんだ。そう、思った。


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