3

「久しぶり、だね」

 その女性との再会を前に、僕は風で乱れた前髪を軽く整えた。彼女の前でいつも格好をつけていた時の癖だった。一年経った今でも、まだその癖は直っていないようだ。

「待たしてごめんね、ジェス。やっと、君に会いに行けたよ」

 彼女の名前を久しぶりに呼んだ気がした。心の中ではいつも語りかけていたはずなのに、実際に口に出すとどこか照れくささを感じてしまう。僕は思わず頬を掻いた。

「元気にしてた?」という問いかけに、その女性が答えることはなかった。小鳥のさえずりが代わり聞こえてくる。穏やかな音だった。そのおかげか、何とか冷静さを保ってもいられた。僕は目の前の女性から視線を外し、周りを見渡した。

 この場所は長い草木や雑草などがなく、綺麗に手入れが施されていた。他の場所と比べても、それは一目瞭然だった。が定期的に訪れていることが窺える。

 冷たい風がコートの裾をなびかせ、僕の前髪を乱した。木々たちも激しく揺れているのが見える。僕はコートのポケットに深く手を突っ込むと、前髪を整えることなくその場で深く息を吐いた。唇が小さく震えている。

 それが寒さのせいではないことは自分でも分かっていた。目の前の現実が徐々に僕の心を押しつぶしていた。そして、それは僕に懐疑的な思考をもたらした。こんな形が果たして『再会』と言えるのだろうか、と。

「・・・この一年、とても辛かったよ。本当に、辛かったんだ。・・・だって、君がさ・・・」

 そこまで言ったところで、僕は言葉が詰まった。いや、本能的にその口をつぐんでいた。それ以上を口にすれば、僕の心にある何かが音を立てて壊れてしまいそうだった。今まで保っていた冷静さも失ってしまいそうだった。

 気がつけば下唇を強く噛んでいた。ポケットに入れたその両手は拳を強く握りしめ、震えている。呼吸が乱れているせいか、吐く息は絶え間なく宙を漂っていた。それはまるで湯気のように白くて、濃いものに見えた。

 その瞬間、僕の脳裏に忽ち記憶が蘇った。初めてこの町に来た時の記憶だった。当時も吐く息が白く、濃いものだった。今日ほどではないが、手がかじかむような寒さだったのを覚えている。そして、それを暖かく包み込む彼女の存在が隣にあった。あれからもう、三年が過ぎていた。

 ここの教会にも、彼女と一度来たことがある。その時はミサがやっているからという単純な理由だったが、今思えば、違う目的があったのかもしれない。当時の情景が瞼に浮かび、少し目頭が熱くなった。

 僕はコートのポケットから手を出すと、その掌を見つめた。掌には手汗が滲んでいた。力強く握っていたらしい。僕は深く深呼吸をし、冷静になろうと努めた。

「でも、君に会えて少しスッキリしたよ。気持ちの整理ができたというか、またこうやって話すことができてさ」

 少し俯き、再びポケットに手を入れた。彼女からの返答は依然としてなかった。それも、分かっているつもりだった。

 彼女の前に添えられた花が風で激しく揺れていた。詳しい知識がないので、それが何の花なのかは分からない。ただ、その花は様々な形や色を纏い、太陽の光で眩しく輝いていた。艶があり、そして美しかった。生き生きとしているところから、それが新しく添えられたものだと一目で分かった。その花を添えた人物も容易に想像ができた。

 教会にある鐘の音があたりに響いた。小鳥たちのさえずりが止み、一斉に空へと羽ばたいていった。僕は目線を空に上げ、その姿を目で追った。青い空に吸い込まれるように、小鳥たちは瞬く間に見えなくなった。僕は腕時計へと目を落とし、時間を確認した。まもなく待ち合わせの時間になろうとしていた。

 ここの教会は全体が鉄の柵で囲われている。身長よりもはるかに高い柵であることから、安易に侵入できないようにしてあるのだろう。いつ建てられたのかは検討がつかないが、全体の造りはとても古いように思われた。年季が入っているのか、所々が錆びている。

 入り口は車が一台通れるか通れないかくらいの狭いもので、入った目の前には白くそびえ立つ教会が佇んでいた。その脇には十台ほどが停められる駐車場があり、今は一台の車がポツンと停まっている。僕が来た時にはなかったはずだが、待ち合わせのタイミングを見計ったのだろう。白い停車線に沿って、綺麗に駐車されている。見覚えのある、アウディの車だった。

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