第19話 屋上デート(5)
「人を評価するときに外見で判断するのは良くない、内面を見るべきだってよく言われるけどさ」
「けど?」
「でも西沢さんが自分を普通の女の子だって言うように、僕だって普通の男子だから可愛い女の子が好きなんだ。西沢さんみたいな可愛い女子から好きですって告白されたら、嬉しくて舞い上がっちゃうんだ」
「も、もうそんな可愛い可愛いって言われたら照れちゃうし……」
「僕もその、面と向かって言うのはすごく恥ずかしいんだけど……でも西沢さんが真剣に質問してるんだって思ったから、だから僕も正直に答えようと思ったんだ」
西沢さんの真摯な問いかけに誠実に答えるためにも。
西沢さんという女の子に僕を知ってもらうためにも。
(僕は君の前で、見栄を張って自分の気持ちを偽りたくなかったんだ)
だから僕は一番最初に「可愛い」という言葉をもってきた。
呆れられてもいい、不満に思われてもいい。
いやあの、できれば思われたくはないんだけど。
それでも正直に気持ちを伝えることが、僕にできる最大の誠意だって思うから。
「なんか」を封印して変わるための第一歩だって思うから。
「佐々木くんってさ……」
「う、うん」
僕は西沢さんに落胆されるのを覚悟して息をのんだ。
ため息をつかれちゃうかも。
最悪、愛想をつかされて告白をなかったことにされるまであるかもしれない。
「佐々木くん、わざとそれやってない? 一生懸命な気持ちが伝わってきて、わたし胸がキュンってなっちゃったし……この天然女たらしめ。他の女の子にも言ってたら怒るんだからね?」
だけど西沢さんはそう言うと、ほっぺを膨らませてわざとらしくむくれた顔をして見せたのだ。
「ええっ!? こんなこと間違っても他の女子には言わないから!」
「ほんとかなぁ」
「っていうかそもそも僕には女子の友達が1人もいないから。だから女たらしなんて言われる可能性は絶対にゼロなんだ。そこは安心してくれて大丈夫だよ」
(女たらしなんて、僕から一番遠い言葉なんだから)
「あ、さすがに今のは嘘でしょ? 1人くらいは女の子の友達がいるでしょ?」
「ううん、いないよ。女の子と話す機会すらなかったのが僕だったからね」
「えー、ほんとぉ?」
「誓ってほんとだよ。僕にとっては西沢さんが初めての彼女だし、これだけ女の子と話したのも西沢さんが初めてだったから」
僕はしっかりと西沢さんの目を見て言った。
これに関しては胸を張ってそうだと言える。
「うん、信じる。そう言えば、学校でも佐々木くんが女子と話してるの全然見たことなかったかもだし」
「でしょ! あ、えっと、威張って言うことでは全然ないんだけどさ……」
むしろどう考えてもダサダサなことに思い至った僕は、恥ずかしさのあまり語尾がかすれるような小声になってしまう。
「もう、佐々木くんってば。おかげでますます佐々木くんのこと好きになっちゃったじゃん……ばか」
だけど西沢さんは、顔を真っ赤にして上目づかいで照れたように言ってきて。
そしてそんな西沢さんを、僕はどうしようもなく愛おしく感じてしまうのだ。
「あ、ありがとう」
答えた僕もカアっと頬が熱くなっているのを感じていた。
西沢さんに負けず劣らず真っ赤っ赤だったと思う。
「佐々木くんの顔、真っ赤だよ?」
「それを言うなら西沢さんだって真っ赤だからね?」
「えへへ、わたしたち一緒だね」
「だ、だね」
「佐々木くん……好き」
「ぅ――」
かなりいい感じのムードになったところから、いきなり不意打ちで好きだと言われた僕は、思わず言葉を詰まらせる。
西沢さんのまっすぐな視線が僕の目を捉えて離さない。
鼻の奥にヌルッという感触があって、止まりかけていた鼻血が少しぶり返した気がした。
「佐々木くんは、どう?」
「もちろん僕も……好きだよ」
今日話してみて本当に思った。
学園のアイドルと呼ばれる外見的な可愛さだけじゃなく、明るくて優しい西沢さんは本当に素敵な女の子なんだって、改めて理解した。
そしてこんな素敵な女の子に好きだと言ってもらえた僕は、本当に幸せ者なんだってことも。
だからこの「好き」は嘘偽りない心からの「好き」だった。
「『もちろん僕も』と『好き』の間に、なんか微妙な間があったんだけど……」
「それはその、ごめん……好きって言うのにすごく緊張して、言うのにものすごく
勇気がいって……」
「ふふっ、なんとなくわかってたけどね。佐々木くんのそういう奥手なところもわたし大好きだし」
そう言うと西沢さんはそっと身体を寄せてきた。
お互いの肩やひじが密着して、制服越しに西沢さんの温もりや柔らかさがじんわりと伝わってくる。
さらに西沢さんは僕の肩に頭を預けると、飼い主を信頼しきった子猫のように目をつむった。
長いまつげ、白くて綺麗なほっぺ、プルプルの唇。
目をつむっていても変わらずふんわり可愛い西沢さんの顔を間近に見せられて、僕の心臓はドキドキと早鐘を打ちはじめる。
初夏の柔らかい風に頬をくすぐられながら、僕たちはしばらくそのまま無言で肩を寄せ合っていた。
それはさっき必死に話題を探して黙り込んでしまった時とは打って変わって。
とても心地よい沈黙だと僕には感じられたのだった。
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