第7話

10分程歩いたところで、僕達は目的のファミレスに着きました。ベースを先頭に僕達は店の中に入っていきました。中途半端な時間だったので客の姿はまばらでした。

相手の女の子達はまだ来ていないようでした。ベースは女性の店員に言って、店の奥、窓際の広い席を取ってもらう事にしました。

席に着いたものの、皆そわそわと落ち着かない様子でした。

僕は彼らを横目で見ながら、一人冷静でした。いや、僕だって至って健康な高校生男子です。男の本能から来る衝動を無理に押し殺しているわけではありません。しかし中学以来、まともに女の子と口を聞いた事もないのです。緊張していると言った方が正しいかもしれません。

そんな事を考えながら、注文したアイスコーヒーを口にすると、店に客が入ってくるのが見えました。

やってきたのは、間違いなく今日の合コンの相手でしょう、5人の若い女の子でした。僕たちが頑張っておしゃれしているのに対して彼女達は自然に可愛らしく見えました。

ベースは彼女達の姿を見つけると、立ち上がって手招きしました。

「おおい。こっち、こっち」

僕らはちらちらと彼女達を見ました。バンドメンバーがひそひそとささやきあいました。

「おい、最高じゃないか」

「ああ。今回は当りだな」

にやにやと鼻の下は伸びきっています。

「お待たせ~」

彼女達は順番に向かいの席に座っていきました。そして僕の前の席にも女の子が座った時でした。僕は彼女の姿を見た時イナズマが身体を直撃したように硬直しまいました。

ロングヘアーで、目がぱっちりと大きく可愛らしい彼女は、僕が小学、中学と好きになった「ひとみさん」と同じ雰囲気を持っていたからです。 

僕は思わず彼女にポーっと見とれてしまいました。こんな気持ちになったのは中学の時以来です。

一目見ただけで、僕の胸はドキドキしていました。…もう僕はこの瞬間に彼女の事を好きになっていました。

そんな僕を尻目にベースが場を仕切って自己紹介が始まりました。

そして彼女が自己紹介をした時に僕はまた固まってしまいました。

「前野ひとみです。よろしくね」と僕の前に座った女の子が屈託のない笑顔で言いました。

…そう。

僕が好きになった子はまたしても、ひとみという名前を持つ女の子だったのです。

ウチのベースは話しが上手く、皆の会話を引っ張ってくれたおかげで、場は多いに盛り上がっていました。けれど元々、口下手な僕はと言えば、途中ほとんど口をはさむこともなく、ただ聞き役に徹していました。

…いや、それにはもう一つ理由がありました。

僕の目の前にいたひとみさんの存在です。

僕の目はそれこそ彼女に釘付けとなっていました。ジロジロ見るのを気づかれないように、僕は何度もアイスコーヒーを飲みました。

アイスコーヒーの飲みすぎと緊張のためかトイレに行きたくなった僕は席を立ちました。

用をたして、エアタオルで手を乾かしていると、ドアが開き、鏡に山崎の姿が映りました。

山崎君は無言のまま僕の後に続いて用を足そうとしました。僕はそのままトイレから出ていこうとしました。すると山崎君が話しかけてきました。

「…光太郎。お前、また『ひとみさん』に惚れたな」

そういわれた瞬間、僕は足を止め、そして振り返りました。鏡に映った自分の顔はひどく驚いたものでした。

「…わかる?」

「そりゃわかるよ。長い付き合いだし。小学、中学とお前が好きだった相手と雰囲気も似ているからな」

皮肉っぽい笑みを浮かべて山崎君が言いました。

「積極的に話したらいいじゃないか?。俺は別だけど、向こうはこっちがバンドやってるってことで、かなり良い印象を抱いてるみたいだぞ」

その言葉に一瞬僕はぐらつきそうになりました。だが次の瞬間、過去の悪夢が思い出されて、すぐに思考を現実へと引き戻しました。

「…いや、僕はひとみっていう名前の女の子とは相性悪いんだ。学習したよ。もう嫌な気分を味わいたくはないよ。…どうせ失敗するに決まっているさ。2度ある事は3度あるっていうだろ?」

「3度目の正直って言葉もあるぜ」

山崎君が僕の横で勢いよく水を出し手を洗いました。

「でも光太郎。お前さ」

「な…なんだい?」

「…そんな風に言いながら、俺の見たところ、お前は完全にひとみさんに心を奪われているだろう?」

「う…」

悔しいけれど、それは山崎君の言うとおりでした。

「…また、俺が協力してやろうか」

山崎君が鏡に映る僕の顔を覗き込むように見ながら言いました。

「い…いいよ。もう恋愛については人の力を借りないって決めたんだ。行く時は自分で行くさ」

「そうか?…ただぐずぐずしていると、あいつ…」

山崎君が名前を出したのはバンドのベースでした。

「あいつが、どうかしたのかい?」

「…あいつもひとみさんを狙っているぜ。あいつとも付き合い長いから分かるんだ。ぐずぐずしていると持ってかれるぜ。女に手を出すのも早いからな」

山崎君はそれだけ言うとトイレから出ていきました。

僕はその後から、もやもやした気持ちを抱えたままテーブルへと戻りました。

皆席に戻ったところでベースが切り出しました。

「なあ、これからカラオケ行かないか?」

「うん!」

「いくいく~」

女の子達は乗り気でした。ひとみさんも何歌おうかと隣の女の子とはしゃいでいます。

ファミレスを出た僕たちは、連れ立って駅前にあるカラオケボックスへと向いました。

途中、僕は偶然ひとみさんと並んで歩く事になりました。

ひとみさんを強く意識していた僕としては、何の話をしたらいいのかと戸惑っていましたが、向こうから色々と話かけてくれました。

「ねえねえ、鶴見君ってギター上手いんだってね?すごいなあ」

「あ…いや、そんな事ないけど」

僕は謙遜しながらも内心得意気でした。

「鶴見君ってどんなアーティストが好きなの?」

「ええと…。オアシス、ボンジョビ、トゥール、サム41…あとマルーン5なんか」

「あ、私もマルーン5大好き。かっこいいよね」

「うん。いいよね」

僕らはこんな風に音楽の話をして盛り上がっていきました。なんだか心が重ねあった気がしてすごく嬉しかったのでした。

このままずっと歩きながら音楽の話ができればいいのに…と考えていましたが、ファミレスからカラオケボックスまでの道は近く、10分かからないうちに店についてしまいました。

店に着くと、ひとみさんは僕から離れて、女の子の輪に混じりました。

「あ…」

なんだかそれがとても寂しかったです。

ベースが受付を済ますと、僕らは指定された2階の間ん中の部屋に入りました。

部屋に入った僕らは、順番に曲を入れていきました。歌いだすとバンドメンバーも女の子達も上手かったので、大いに盛り上がりました。ひとみさんも笑顔で楽しんでいます。 

ひとみさんを見ながら、僕はもう一歩彼女に近づけないかと考えていました。そわそわと落ち着きなく、ポケットに入った携帯を何度もいじりました。そしてなんとかひとみさんと二人きりになれるチャンスがないかと伺っていました。

そのチャンスはすぐに訪れました。

ひとみさんが「ちょっとごめんね」と言って部屋を出たのです。僕は少し時間をおいてから、彼女の後に続いて部屋から出ました。

ひとみさんはトイレに入っていきました。僕もトイレに入ったふりをして、彼女が出てくるのを待ちました。

そしてトイレから出てきたひとみさんを捕まえました。

僕の顔を見るとひとみさんはにっこり笑って言いました。

「鶴見君ってホント歌上手いよね」

「あ…いや、そんなこと…ないよ」

褒められた僕は顔が緩みました。

今がチャンスだと思った僕は、ありったけの勇気を振り絞って言いました。

「あ、あの…」

「なに?鶴見君」

僕はあくまでさりげなくと意識しながらポケットから携帯を取り出しました。

「あ…あの、よかった…ひ…ひとみさんの…番号教えてくれないかな…」

ドキドキしすぎて喉がからからでした。

ひとみさんは明るい声で言いました。

「うん。いいよ」

「え?いいの?」

そう言った僕に対してひとみさんがアハハと声を上げて笑いました。

「全然構わないって」

番号を交換する短い時間、僕は天にも昇るような心地でした。

部屋に戻ってからの僕はひとみさんの番号を聞けた嬉しさですっかり舞い上がり、カラオケなどどうでもよくなっていました。

2時間ほどでカラオケが終わると、そこで解散になりました。僕は街灯が照らす薄暗い道をはしゃぎながら家に帰っていきました。 


そして、それから先はまるで嘘みたいに、ひとみさんとの距離が縮まっていきました。

家に帰った僕は、その夜早速ひとみさんにメールを送りました。今日は楽しかったね、またどこかに遊びにいこうという内容です。

返事はすぐに返ってきました。

「うん。また遊びにいこうね」というどこまで本気かは分かりませんが、好意的な内容でした。「よし」と僕はガッツポーズを取りました。僕の心は完全にひとみさんに奪われていました。

 本当は毎日でもメールをしたいと思っていたのですが、あまりしつこくメールをしても嫌がられるかなと思ったので、適当に日をおいて、メールを送ってみました。その度にひとみさんからは好意的な返事が来ました。

そんな感じで2週間が過ぎた頃、僕はいよいよ積極的な行動にでました。映画でも見に行かない?とメールで誘ってみたのです。

僕はドキドキしながら彼女からの返事を待っていました。そしてメールを送ってから1時間が過ぎた頃でした。

メールの着信音に設定していた、オアシスの「リブフォーエバー」が流れました。ベッドで横になりゴロゴロと音楽雑誌を読んでいた僕は、がばっと起き上がりました。

「来た…!」

ひとみさんからの返信でした。

僕は不安と期待が入り混じりながら、恐る恐る画面を開きました。

「いいよ。いこう」

それがひとみさんの返事でした。

僕はまたしてもガッツポーズを作りました。

その週の日曜日、僕らは初デートに行きました。

ひとみさんが香港のアクション映画が好きだというので、池袋にジェットリーの新作の映画を見に行きました。二人きりになった時、僕はどうやって間を持たせようかと心配だったのですが、ひとみさんの方から積極的に話を振ってくれて、楽しい時間を過ごす事が出来ました。

それからも僕は時間を見つけてはひとみさんをデートに誘い、食事や映画、ライブに行ったりしました。

そして5回目のデートで、僕はついに彼女に告白しました。…そして彼女はOKしてくれたのです。僕は高校生になって、初めて彼女が出来たのです。

ひとみさんという、とても素敵な彼女が。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る