第6話
それから3年が過ぎました。
高校生になった僕は、家から電車で1時間程の公立高校に通うようになっていました。
中学での「ひとみさん」との一件があって以来、今住んでいる場所から離れて、どこか地元の人間がいない所に身を置いてみたかったのです。そしてそこで、新しい生活をスタートさせたかったのです。
小学・中学と「ひとみさん」に振られてからというもの、僕は「恋」というものに慎重に…いやもっとはっきり言えば恐怖するようになってしまいました。情けない話かもしれませんが、異性に対して前向きな姿勢が取れなくなってしまったのです。
テニス部の合宿からしばらくした後、惰性で部活を続けていた僕ですが、緊張感なく続けていた事がよくなかったのでしょう。練習中に足を強くくじいてしまい、病院で治療してもらった結果、全治1ヶ月との診断で、その間松葉杖の世話になる事になりました。それが引き金となって僕はテニス部を退部しました。元々それほど強くテニスに興味があったわけでもありません。ひとみさんと親しくなるという不純な目的が動機だったのですから。
「帰宅部」となった僕は、家に帰るとじゃかじゃかと気の向くままギターを弾き、飽きると音楽を聞きながら、受験勉強するというのが日課となっていました。
元々テレビを見る習慣があまりなかった僕は、そんな風にして毎日を過ごしていました。
そのおかげで、僕の成績はどんどん上昇していきました。常に学年でトップ10に入るようになり、先生からは県下でも有名な進学校への推薦の話も出てくるようになりました。
両親は小学校の頃は音楽に夢中になるあまり、勉強の方をおろそかになりがちだった僕の事を心配したりもしていましたが、きちんと両立できるようになった事を誇りに思ってくれました。
僕は地元の人間があまり通いそうもないという事と両親が納得するレベルであるという2つの理由で今の高校を選びました。
高校に入ると、中学の頃までとは違い、かなり突っ込んだ音楽の話を出来る人もいました。その事がなんだか僕の心をわくわくさせてくれました。 こんな事は初めての経験です。クラスメイトと音楽の話しで盛り上がっているうちに、誰からともなくバンドを組もうという話が出てきました。
話はすぐに進みました。
クラスの中でリードギターの僕の他に、ボーカル、ベース、リズムギター、ドラム、とメンバーを揃える事が出来ました。
僕らは放課後、教室で練習する事を先生に頼みに行きました。先生は文化部として認めてもらえれば放課後の教室を使わせてもらえるという事で、僕らは一応軽音楽部という形でスタートしました。
そして僕らはバンド活動を始めました。始めはイギリスのロック…レッドツェッペリンからオアシスまで幅広いカヴァーをしており、それが9割で残り1割がオリジナルといった感じでした。
それから3ヶ月。僕は仲間と真剣に音楽活動に打ち込める充実した毎日を送っていました。
そんな頃、バンドのベースが練習が終わった後ある話を持ちかけてきました。
「なあ、来週の土曜日合コンやろうと思うんだけど来るか?」
話というのは合コンの誘いでした。
ドラムはその提案に即座に乗り気でした。
「おう、いいぜ。でも可愛い子来るんだろうな?」
ベースは自信満々に直ぐに親指を立てました。
「へえ~そりゃ期待出来るな」
ドラムがいやらしく笑いました。
「俺もOKだぜ」
リズムギターも乗り気でした。
けれど一人…。
「わりー。俺、駄目だ」とボーカルが言いました。
「ええ~なんでだよ?」
ベースが不満の声をあげました。
「あいつはしょうがないよ」
訳知り顔でドラムが言いました。
「どういう事だよ?」
「この間、彼女が出来たばっかりなんだ」
「まあ…そういう事なんだ」
ボーカルが嬉しそうに言いました。
ベースが頭の後ろに手を回し、足を机の上に投げ出しながら言いました。
「じゃあ、しょうがない。もう一人は俺の友達を呼ぶよ」
それで話はまとまりました。
そして合コン当日の土曜日になりました。
少し曇り空の午後3時。駅の前で皆びしっと決め込んだオシャレな格好をして集まりました。
僕も今日のためにこっそりと買っておいた白と黒のストライプのカットソーとライトグレーのワークコート、ブラウンのチノパン、黒いレザーシューズを履いていきました。
「お待たせ」と集合時間の5分前になってベースがやってきました。
「紹介するよ。俺の友達」
ベースの背後に隠れたその顔を見た時、僕は「あっ」と声を上げてしまいました。
何故ならそこにいたのはあの山崎君だったからです。
僕に気づいた山崎君も同様に驚いた表情を隠そうとはしませんでした。
「…あれ?何、お前ら知り合いなの?」
僕は顔を背け小声で「う…うん」とだけ答えました。
「へえ~。そうだったのか」
ベースは他のバンドメンバーに山崎君を紹介していきました。バンドメンバーは「よろしく」と屈託のない挨拶を交わしていきました。僕と山崎君の間にだけ微妙な重い空気が流れています。
全員揃ったところで、待ち合わせ場所のファミレスへ向こう事になりました。
バンドメンバーが固まって先を歩く中、僕と山崎君は連れ立って歩いていました。
沈黙に耐え切れなくなったのか、山崎君から先に口を開きました。
「光太郎、今バンド組んでるんだな。全然知らなかったよ」
「…まあね」
僕は適当に言葉を濁しておきました。
山崎君が一呼吸おいてから言いました。
「あの…中学の時の事はさ」
「いや…それはもういいって」
だが山崎君は続けて言います。
「ほんと。悪かったな」
「いや。いいって」
僕は執拗に拒否しました。
実際僕は忘れていたのです。…山崎君と再会した先ほどまでは。
山崎君はちらちらと僕の顔を見ましたが、僕の態度をみて話題を変えました。
「光太郎が合コンなんて意外だよ。中学までのお前だったら絶対参加しなかったよな」
「…いつまでも、あの頃と同じままじゃないさ。成長するにつれて変化するよ」
「なるほど変わったんだな。光太郎も」
うんうん、と山崎君は頷きました。
「…なあ、光太郎。今日はあいつらも楽しみにしている事だからさ」
山崎君はあごをしゃくりながら、バンドメンバーを指しまた。ベースは他のバンドメンバーと何やらげらげらと大声で話笑っています。これから始まる合コンに期待をよせているんでしょう。
「だから、必要以上にギスギスするのはやめないか」
僕は少し間をおいてから言いました。
「…うん、そうだね」
僕だって正直に言って山崎君に含むところはありませんでした。思いがけない再会をしたせいで驚いただけなのです。
その後はポツポツと近況を話しながら歩いて行きました。
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