第3話

そして翌日の学校。

休み時間になると、山崎君はそそくさと田中さんのところへ行きました。そして何かこそこそと話をしているのを僕は遠巻きに見て様子を伺っていました。やがて田中さんがひとみさんを呼び、2人の話にひとみさんも加わりました。僕はひとみさんの姿が見えると思わず目をそらしてしまいました。

僕はどきどきしながら結果の報告を待ちました。

やがて山崎君が戻ってきました。

「ど…どうだった?」

僕は恐る恐る山崎君に尋ねてみました。

山崎君は歯をにかっとむき出しにして笑いながら言いました。

「OKだよ。今度の日曜日、ひとみさんと一緒に家に来てくれるってよ」

「ほ…ほんとかい?」

僕は嬉しさのあまり勢いよく椅子から立ち上がりました。その物音で、周囲のクラスメイトが一斉に僕達の方を見たので、恥ずかしくなってしまいました。

「落ち着けって。光太郎」

山崎君が僕の肩に手をおきながら言いました。

「…いいか、ここまでは上手くいったが、大事なのはここから先なんだからな」

「う…うん」

僕はごくり、と唾を飲み込んだ。

「さらに練習を重ねて、パーフェクトなものにしてやろうぜ」

「う…うん!」

それからさらに練習を重ねました。

  

そしていよいよ日曜日を迎えました。都合よくその日両親は留守にしていました。

午後2時。約束通りひとみさんが田中さんと一緒に僕の家にやってきました。

「い…いらっしゃい」

僕は緊張で声がうわずりながら二人を部屋に招きました。

僕と山崎君が立てた作戦はこうでした。いきなり曲を歌い出すのはインパクトがありすぎるという事で、初めはゲームをして遊んでから、盛り上がったところで自然な感じで曲に入ろうというものでした。

そんなわけで、僕らはトランプをして遊ぶ事にしました。神経衰弱や7ならべ、大富豪を皆でわいわい盛り上がっているうちに、自然と4人の間で笑顔がこぼれるようになってきました。

頃合だろうと思った山崎君が僕に目で合図を送りました。僕はそのサインに応えるようにこくり、と頷きました。

「あ~。また、負けちゃったなあ」

僕は頭をかきながらわざと悔しそうに演技しながら言ったところで、こほん、と一つ咳払いをしました。

山崎君の目は、頑張れと訴えていました。

その目に勇気づけられて、僕はおもむろに、ひとみさんの方に向き直りました。ひとみさんは驚いた様子でした。僕は、からっからの喉から、絞り出すように声を出しながら言いました。

「…じ…じつは君のために曲を作ったんだけれど、き…聞いて…もらえ…もらい…もらえますか?」

緊張しすぎてしどろもどろになってしまいました。だがひとみさんはそんな情けない僕を、にっこりと優しい笑みを返してからこう言ってくれました。

「…鶴見君って曲つくれるんだ?すごいじゃない!」

ひとみさんがそう言ってくれた事で、僕の緊張は一気にとけました。

「う…うん。ギターを少しやっててさ。それで曲を作ったんだ」

「へえ。すごいなあ。ねえねえ、早く聞かせてよ」

ひとみさんが嬉しそうにせかします。

「う…うん。あ…ギターは僕が弾くんだけど、歌は山崎君が歌ってくれる事になってるんだ」

「え…?山崎君が…」

この時、ひとみさんの表情が微妙に変わった事に、舞い上がっている僕は気づきませんでした。…後にして思えばこの時に気づくべきだったのです。

とにかく僕と山崎君は準備を始めました。僕は物置からギターを取り出して、ベッドに座り、山崎君が立ち上がりました。

ひとみさん達はパチパチと拍手をしてくれた。

そして僕はコードをじゃらんとかき鳴らして、「ガールフレンド」の演奏を始めました

「学校へ登るあの坂~…」

僕のギターと山崎君の歌が部屋の中に響きました。


山崎君が歌っている間、僕は「ひとみさん」の顔を見ようとはしませんでした。見ればギターを弾く手がくるってしまうかもしれません。僕の作ったこの曲が彼女の心を捉えてほしいと、それだけを思いながら必死にギターを引き続けました。

5分半という「ガールフレンド」の演奏時間が非常に長くもあり、また短くも感じられました。

歌い終わり緊張から解放された僕らは、ぺこりと頭を下げました。

女の子達からは、惜しみない拍手が打ち鳴らされました。ひとみさんは目を輝かせています。手ごたえを感じた僕は、これならいけるかもしれないと、内心ガッツポーズを取りたい程でした。

ひとみさんが立ち上がりました。そして僕らを見ながら言いました。

「ねえ…。この曲…、私のために作ってくれたの?」

僕と山崎君は顔を見合わせました。

そして山崎君が言いました。

「ああ。そうだよ。この曲は…」

多分その後に山崎君は、僕がこの曲を作ったと言うつもりだったのでしょう。だが、その言葉が出てくる事はありませんでした。何故なら、立ち上がったひとみさんがぎゅうっと力強く、山崎君の手を握り締めたからです。

「えええ」

一瞬、僕は何が起きたのか理解できませんでした。

「山崎君が、私のためにこんな素敵な曲を作ってくれるなんて…」

ひとみさんは目をうっとりさせながら、山崎君に言いました。 

僕は必死で自分の事を指差しました。

(ち…ちがう…曲を作ったのは僕…僕なのに…。そ…そりゃ歌詞は山崎君が書いたけど…で、でも…)

けれど僕の思惑に関係なくひとみさんは、山崎君に見とれています。ここに至ってようやく僕も気づきました。ひとみさんは元々山崎の事が好きだったのです。

呆然と立ち尽くす僕の横で、ひとみさんは山崎君の手をひいて、部屋から出て行ってしまいました。

後には僕と田中さんだけが残されました。

僕の感情を逆なでするかのように田中さんが言いました。

「あの二人は放っておこうよ。それよりポーカーしない?」

トランプを高速でシャッフルしながら、にっこり笑う田中さんに僕ははにかんだ笑顔を作るのが精一杯でした。

 

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