第11話 お仕置き

 それにしてもたくさんの野菜をいただいてしまった。本当だったらちゃんとお礼をしなければいけないのに、コミュ障をこじらせた俺氏にはそんな簡単なことが難しい。

 はぁ、とため息を吐きながらテトリスのように冷蔵庫に野菜を入れ、いただいたものを全部冷蔵庫に詰めた頃にメメたんは帰って来た。


「ただいま帰りまシタ」


「おかえりなさい……」


 こんなやり取りも久しぶりだ。俺氏は嬉しくなり玄関から居間へと入って来るメメたんを待ちわびた。靴を脱ぐ音がし、パタパタと足音を響かせてメメたんは居間へと入って来た。……メザシ……いや、チョビを抱いて。

 メメたんに抱っこされるなんて! なんて羨ましいんだ! クソッ! 俺氏も猫になりたい!


「ニャー」


 嫉妬で狂いそうになっていると、チョビが俺氏を見ながら一声鳴いた。


「今日も馬鹿っぽいな、と言っていマス」


「お前に言われたくねぇ!」


 メメたんに訳してもらった言葉に怒りながら怒鳴ると、シャー! と威嚇され、ビビった俺氏はおとなしくなる。


「ご主人様、いただいた野菜はドコに? チョビは『アイツはきっと保存方法を知らない』と言っていまシタ」


 俺氏を気遣うこともなくメメたんは野菜の在り処を聞いたので、全部冷蔵庫に入れたと言うとチョビがまた威嚇した。


「根菜は新聞紙に包んで外に置けと言っていマス。まぁ! チョビはご主人様よりも頼りになりマスね」


 メメたんはそんなイヤミを言いながらチョビを撫でると、チョビは気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。くそぅ! 猫のくせになんで俺氏よりメメたんに可愛がられているんだ!

 嫉妬に狂いながらもメメたんの胸元……もとい、チョビを見ていると、「ニャー」と一声鳴いて床に降り立った。


「今日は帰ると言っていマス。……早く人間らしい生活をしろトモ。まぁ! チョビはご主人を本当に心配しているのデスね! なんて優しいのでショウ」


 猫に人間らしい生活をしろと言われ複雑な心境だが、それなりの付き合いのあるコイツに言われると嫌な気はしない。一応見送りを兼ねて玄関まで行き引き戸を開けてやると、振り向きもせずに尻尾を揺らしながら帰って行った。やっぱり猫は気まぐれだな。


「ところでご主人様」


 メメたんに呼ばれ振り向くと、玄関の上がり口に立っているメメたんの手にはいつの間にか隠しカメラ……いや、監視カメラが握られている。俺氏はビクっと肩が揺れ、口からはヒュッと息を呑む音がする。


「コレは何デスか? ご主人様が寝ている間に見つけたのデスが」


「……メ……メメたんが危険な目に遭わないように……」


 語尾はほとんど聞こえないだろうというほどゴニョゴニョと呟く。この状況はアレだ……またあのお仕置きが始まってしまう……。俺氏は頭のてっぺんから汗が止まらなくなってしまった。


「……え? 聞こえませんガ?」


 俺氏の肩はまたしてもビクっと揺れる。とてつもなくメメたんの殺気を感じる気がする……。


「コレは撮影をする道具ではないのデスか?」


「……メ、メメたんが可愛いから、変な奴に何かされないように……」


 話している途中でそれ以上言えなくなってしまう。普段俺氏に対してほとんど笑わないメメたんがどんどん表情が変わり、暗黒微笑の圧を出してきているからだ。


「へぇ……変な奴……デスか。メイドらしくお掃除をしようと思ったら見つけたのデスが、あまりに不自然ナノで調べマシた。……これは盗撮と言うのではないデスか?」


 俺氏の全身はカタカタと震え、顎から滴り落ちた汗は足元にポタポタとこぼれ落ちる。……どうする? 返答次第ではお仕置きが始まってしまう……。


「ちなみに私は入浴や排泄などしませんヨ? 理解できなくて当然デスが、入浴をせずとも体の表面は常に清潔デスし、口に入れた物は全てエネルギーになりマス」


「えーーー!?」


うっかり本音ダダ漏れの叫び声をあげてしまった。


「変な奴とは即ち変態のコトではないのデスか? ……変態とは、盗撮をしようとしていたご主人様のことデスよね?」


 これはマズい……完全にバレてしまった……。俺氏の体はガタガタと震え始める。


「ねぇ、ご主人様?」


 メメたんの問いかけは「今からお仕置きしますよ」の合図に聞こえる。なので俺氏は自分の両手をクロスするようにして、手で耳を、腕で鼻をバっと押さえた。

 この作戦は成功だったようで、メメたんのいつもの髪の毛攻撃をバイーンと防ぐ。


「へぇ……」


 勝った! 俺氏はついにメメたんの攻撃を防いだ! そう思ったのも束の間。ホっとしていた俺氏に衝撃が走る。『何かを見て』とかじゃない。文字通りの衝撃だ。


「あばばばばばば……!」


 メメたんは右手の人差し指を俺氏に向けているだけだが、指先からは目に見えない電流が流れているらしく感電をさせられている。


「お仕置きデスからね。ご主人様が死なない程度にしておきまシタ」


 そう言ってメメたんはニヤリと不敵に微笑む。確かにメメたんのこの不思議な力があれば、俺氏をあぼーんするのも簡単なはずなのにしない。それはきっと愛だ。メメたんのささやかな愛だ! ならばそれを甘んじて受け入れようじゃないか!

俺氏はなすがまま、されるがままでいたが、メメたんの愛を感じてしまい、感電しながらもニヤニヤとしてしまった。


「絶対に良からぬことを考えていマスよね……」


メメたんは呆れたような顔をし、電流を強めたのだった。

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