第10話 お裾分け

 質素な食事ではあったが、久しぶりに人と……メメたんは人ではないけれど、誰かと温かいご飯を食べたことが嬉しかった。

 じいちゃんとばあちゃんがよくやっていたように、お茶を淹れ食後に飲むことにした。メメたんの前に湯気の立ち昇る湯呑みを置くと、不思議そうな顔をしつつも両手で湯呑みを持ち一口飲んでくれた。


「おぉ……コレは良いデスね」


 メメたんは熱いお茶も気に入ってくれたらしく、ズズズッと日本人らしい飲み方をする。しばしお互い無言でお茶を飲んでいるとメメたんが口を開いた。


「家は汚れていましたガ、仏壇は綺麗に掃除をしていたのデスね」


「あぁ……うん。じいちゃんもばあちゃんも大好きだったから……」


俺氏の生活も家も荒れ果ててはいたが、仏壇と二人が元々使っていた寝室兼仏間はどうしても汚す気になれなくて、気付いた時には掃除をしていた。


「お二人は感謝していましたヨ。そしてやはりご主人様のことを心配していマス。メメがご主人様を立派な人間に育てると約束しまシタ」


 メメたん? 俺氏は一応人間なんだが……。もちろんそんなことは言えず、おとなしく「はい……」とだけ答えた。


「さて、調べたところによると、夕飯を食べたら入浴して寝るそうデスね。ご主人様、入浴してください」


「え!? さっきシャワー浴びたし……」


「問答無用デス」


 つい先程シャワーを浴びたばかりなので抗議をすると、メメたんはニッコリと笑いながらツインテールを宙に浮かばせる。髪の毛だけとはいえ目の前で無重力状態を見るのはまだ慣れない。

 これ以上抗議をするとまたあの恐ろしいお仕置きをされてしまう……。そう思うと条件反射のように風呂場へと走った。

 メメたんは浴槽に湯を貯めるということを知らないのであろう。夜の入浴というのは湯に浸かることなのに、と思いつつも湯を貯めるのが面倒で冷えきった浴室内でシャワーだけを済ませた。


 脱衣所で着替えをしている時に先程設置した隠しカメラ……もとい監視カメラをチェックすると、俺氏がここに入って来てからの行動がちゃんと録画されている。

 カメラを元の場所に戻し、ニヤけるのを必死に我慢して居間へと戻ると、メメたんが洗い物をしていた。なんだか新婚さんのようで、こらえていた顔がニヤけてしまった。俺氏に気付いたメメたんが振り返る。


「また気持ちの悪い顔をシテ……」


 ゴミ虫を見るような目でメメたんは俺氏を見る。新婚生活には程遠いようだ……。


「入浴をしたら寝る時間デス。寝てください」


「え!? まだ九時にもなってないよ!?」


「では強制的に眠らせマス」


メメたんのツインテールが宙に浮いたかと思うと、抵抗する間もなくものすごい速さで俺氏の耳まで伸びてきて中に入って来た。


「はきょーんきゅーんきゅーんきょろろろろ」


初めて会った時よりはソフトに脳みそを直撫でされ、いつの間にか俺氏は意識を失っていた。


────


 ピンポンピンポーン……。


「……んん……」


 何か音が聞こえたような気がして徐々に覚醒していく。だがそれも気のせいかと思い、もう一度深い眠りに落ちようと思った時だった。


「はァい!」


 近くからタタタっと足音が聞こえる。……ん? 今のは愛しのメメたんの声では!? そう思いガバッと起き上がる。起きた場所は居間の床の上だった。自分の置かれた状況に頭がついて行かず軽くパニックになっていると玄関から声が聞こえてきた。


「あれ!? 修二くんの彼女かい!? それともお嫁さん!? いつの間に!!」


「それは不愉快かつ激しい誤解デス。私はお手伝いとしてこの家におりマス」


「あら? 外国の方?」


「はい。この通り日本人に似ているのデ、日本に興味を持って来まシタ」


 純粋な日本人というよりも若干外国の血が入っているような顔立ちのメメたんは上手く答えている。そんな玄関からの和気あいあいとした声が聞き、俺氏は小学校の体育以来のクラウチングスタートで全力で玄関へと走った。


「あら! 修二くん久しぶりだねぇ!」


 ニコニコと笑顔でそう話すお婆さんは、多分ばあちゃんの友人かご近所さんかだろう。時折俺氏の為に食料を持って来てくれるのだが、顔は知っているがどこの誰だか分からない。

 いつも訳も分からず食料を手渡され、この人はそのまま帰って行く。


「……ども……」


 コミュ障全開で挨拶をすれば、メメたんに背中をどつかれた。


「っ!? おはよう? ございます……」


メメたんの殺気を感じ取った俺氏は、咄嗟に無難な挨拶を口にする。目の前のお婆さんはそんな俺氏を特に気にする訳でもなく、いたって普通に話し始める。


「今ね、朝市に行ってきたんだよ。最近は修二くんは出て来てくれないから心配してたんだよ。はい、コレどうぞ」


 そう言ってお婆さんはビニール袋を差し出した。反射的に受け取り中を見ればたくさんの野菜が入っていた。


「まぁ! もしかして作ったのデスか? ありがとうございマス!」


 隣で袋の中身を確認したメメたんが感動したような声をあげる。


「あはは! 朝市に行ったと言ったでしょう? 買って来たんだよ。それじゃあ朝早くから悪かったねぇ。帰るとするよ」


 大きな声で笑うお婆さんが帰ろうと踵を返した時に、少し足を引き摺っているのを見てしまった。当然コミュ障の俺氏は渡された袋を持ったまま立ち尽くしていたが、メメたんは玄関で靴を履きお婆さんを送ると言い出した。


「足が痛いのでショウ?」


「大丈夫だよ。三軒隣だもの。すぐそこだよ」


「三軒隣? ではもしかして……チョビのお母さんデスか?」


「おや? チョビを知っているのかい?」


 チョビとは俺氏がメザシと呼んでいた、野良だと思い込んでいた近所の飼い猫だ。チョビの話題で二人は盛り上がり、メメたんはお婆さんの荷物を持ち、手を繋ぎ家まで送ると歩き出した。


 俺氏、完全に蚊帳の外なんだが! なんて思っていると玄関の戸まで閉められてしまった。……とりあえず野菜を冷蔵庫に入れるか……。俺氏はトボトボと居間兼台所へと戻った。

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