第9話 初めての晩ごはん

 メメたんの天使のスマイルを見た俺氏は、天に昇りそうな気持ちになったが踏みとどまる。死んでしまったらもうご褒美が貰えなくなってしまうからだ。

 ふと居間の壁に掛かっている古い柱時計を見れば、いつの間にか時刻は夕方を過ぎていた。メメたんに怒られないように、かなり必死に掃除をしたから思いの外時間が経っていたらしい。

 世間一般では夕食の時間だな、なんて考えると腹が鳴り始めた。そういえば起きてからまだ何も食べていない。


「メ……メメたん? 一般的には晩ごはんの時間なんだけど……」


「そうでしたネ! 私としたことガ。それでご飯とはどんなものを食べるのデス?」


 メメたんの純粋な疑問に口ごもる。普段の俺氏は基本的に腹が減ったらカップラーメンを食べる。だが昨夜の反応を見る限り、メメたんはもう二度とカップラーメンなど食べないだろう。むしろまたカップラーメンなんて出したら俺氏は命の危機に瀕すると思う。


「……白米と味噌汁?」


「なぜ疑問形デスか?」


 オーソドックスな夕飯を言ってみたが、具材とかそういうのが難しいじゃないか。ばあちゃんや世間の主婦の人たちは、それを毎日考えて作っているんだからすごい。

 メメたんの質問に答えずに冷蔵庫を開けてみた。具材になりそうな物はもちろん無かったが、味噌は入っていたし、冷凍庫には鮭の切り身が入っていた。

 そして戸棚を開けると米や少し芽が出始めたジャガイモが入っていた。じいちゃんやばあちゃんの知り合いや近所の人がたまに食材を持って来てくれるのだ。俺氏を気遣って保存の効きそうな物を特に持って来てくれる。


「……白米とジャガイモの味噌汁と焼き鮭にしようか」


「なんだかよく分かりませんが美味しそうデス」


 ワクワクとした表情のメメたんを見ると少しやる気が出てきた。ばあちゃんが「何かあった時の為に」と一応一通りの家事を教えてくれたのだ。一人になってからはほとんど実践はしていなかったが。だが先程メメたんに「やれば出来る子」と褒められたんだ! ならばやるしかあるまい!


 米を研ぎ炊飯器にセットすると「コレは何デスか?」とメメたんに質問され、「米を炊く機械だよ」と説明すると、初めて見る機械にメメたんは目を輝かせる。

 その姿は俺氏にお仕置きをする女王様モードと違い、おもちゃを前にしたあどけない子どものようである。そしてそれがまたたまらなく可愛らしい。


 次に鮭の切り身を解凍する為に電子レンジに入れると、メメたんはそれにも興味を示したようだ。温めたり凍ったものを溶かす装置だと説明すると「原始的!」と騒いでいたが、きっとメメたんの星はもっと科学技術が発達しているんだろう。

 そんなメメたんは何を見ても感嘆の声をあげるので、俺氏は楽しくなってきて俄然やる気が出てきた。


 今では年に数回だけだが、味噌汁を作る時はお湯に味噌を溶かしただけの物を作っていた。だが今回はばあちゃん直伝の、煮干しで出汁を取ることまでした。煮干しの消費期限は見なかったことにしたが、干して乾燥しているものに消費期限はそんなに関係あるまい。そう思いたい。

 解凍した鮭をなれない手付きで焼きながらジャガイモを茹で、味噌を溶かして味噌汁にしていると早炊きモードにしていた米が炊けたようだ。

 俺氏、今日は家事をたくさんこなしたおかげで気付いたが、主夫になれるかもしれない。メメたんの主夫にだったら土下座してでもなりたい。


「メメたん。ご飯出来たよ」


 俺氏の横でずっと鮭を焼くのと味噌汁を作る過程を見ていたメメたんに声をかけると「ご主人様……スゴイ……」と初めて尊敬の眼差しで見つめられた。

 うるうるとした瞳はトロンとして、ツヤツヤの頬はチークとは別にほんのりと紅潮し、セリフも相まってそこはかとなくエロさを感じてしまう。ヤバイ……俺氏は褒められて伸びる子だ。違うモノも伸びそうだが食前に下ネタはよそう。


 俺氏は皿に鮭を盛り付け、ご飯と味噌汁を器によそってテーブルへと置いた。もちろんメメたんの分もだ。カップラーメンよりはマシだろうが、宇宙人のメメたんの口に合うかどうか……。


「いただきます」


俺氏がそう言い手を合わせるととメメたんも真似をし、そして箸を持った。箸の使い方も学んだのか正しい持ち方をしている。俺氏もじいちゃんとばあちゃんに「箸の持ち方だけはキチンとしなさい」と言われて育ったので、まるで見本のような持ち方をする。これだけが俺氏の誇れるポイントだ。


 白米は普通の味だったが、鮭は冷凍したもの特有の臭いがしていたけど、食べられない程ではなかった。

 味噌汁はちゃんと出汁を感じることができてシンプルだが旨い。やはり、消費期限にこだわらずに使って良かった。

 チラチラとメメたんを盗み見ると、昨夜とは打って変わってなんとパクパクと普通に食べているではないか!


「メメたん……? 昨日は美味しくないって言ってたのに……」


「あぁ。どうやら化学調味料? と言うのデスか? アレの一部が拒絶反応を示すようデス」


なんとメメたんはグルメな舌をお持ちであった。特にばあちゃん直伝の出汁を取った味噌汁は特に気に入ってくれたようで、普通におかわりまでしてくれた。メメたんをさらに愛しくなったのは言うまでもない。

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