Last Case ~未完成男子①~
「そうだったんですか。そんなことが……」
俺の話を聞いた豊橋さんは、俯いてしまった。
無理もない。
ヘビーと言えば、ヘビーか。
だが、俺にとって問題なのはそこじゃない。
浜松が果たせなかったこと……、いや、正確に言えば俺自身の落とし前だ。
それのケリを付けない限り、いつまでも燻り続けることは火を見るより明らかだ。
「そうだったんだ……。ごめんね、羽島くん。話しづらかったよね?」
斜め前の席から品川さんが、謝ってくる。
いや、彼女が謝る謂れはない。
こちらこそ、赤の他人にこんな話をして申し訳ないとは思う。
それを言うなら、むしろ……。
俺は左隣に視線を送り、三島の様子を伺う。
三島は腕を組み、目を瞑り下を向いていた。
「……まぁ気にすんなって。こっちこそ悪いな。つまらん話して」
俺の言葉に呼応するように、三島が俺に向き直り声を上げる。
「羽島くんっ!!!」
「っ!? な、なんだよ。急にデカイ声出すなよ……」
「羽島くん。その……、あの時は彼女を助けてあげられなくて、本当にゴメン! 親父の分まで謝るよ……」
「……やっぱそういうことだったのかよ。大型病院の後継ぎさんだったのかよ。そりゃオモテになるわな」
「いや! 俺は違うよ。だってホラ。普通に会社員してるだろ? 病院の方は兄貴が継いでるからね。結構、勘違いされること多いんだけど」
そう言いながら、投げやりな笑みを浮かべる。
三島の話によると、彼の実家の病院は地元ではかなり有名らしく、『三島』という名前を聞いてピンと来る人も多いようだ。
そして、なまじ顔もいいばかりに客寄せパンタとして、地元周辺の合コンでは引っ張りだこらしい。
とは言え、飽くまで後を継いでいるのは兄の方だ。
米原は、大学時代から女性関係で問題を抱えていると言っていたが、トラブルとはその辺りの認識の違いによるものなのだろう。
「そうか。何か大変そうだな……」
「まぁね。米原くんとの飲み会は楽でいいよね。彼、全然そういうの気にしないし、そもそも俺から言い出すまで、実家のこと知らなかったんだから」
なるほど。
結局、コイツも自分の取り巻く環境とやらに翻弄されている一人、か。
周りに都合よく利用されている内に、ある種の人間不信のようなものに陥っているのかもしれない。
米原は大学からの友人と言っていたので、三島の地元のことについてはノータッチだったのだろう。
全く違う世界の人間だと思っていたが、何だか少しだけ親近感を覚えた。
『アマチュアデート商法男子』などと、心の中でレッテル張りしたことを詫びたい。
「……それなら、なおのことお前は関係ねぇだろ」
「確かにそうかもしれない。でも、ずっと聞かされてたんだよ、親父や兄貴から。凄い変わった患者さんが居るってね」
「凄い変わってる、ね……」
「うん。だってさ、『アタシは映画監督になるから、今の内にサイン書いて上げますよ〜』なんて、主治医や看護師さん達に言って回ってたらしくてね」
「そりゃ大層変わってるな……」
「それでさ……、彼女よく羽島くんの名前も出してたらしくてね。天才脚本家なんだって?」
三島は冗談めいた雰囲気で言う。
「この流れで茶化すなよ……。そうだな。俺が天才だったら、もっと違う運命があったのかもな」
俺が自虐的に言うと、三島は視線を逸らす。
実際、三島は関係ない。
これ以上俺の独りよがりに、このメンツを巻き込むわけには……。
「あ、あのっ!!!!」
バンッと勢いよくテーブルを叩いて、豊橋さんは立ち上がる。
「何となく腑に落ちました……」
豊橋さんに虚を衝かれ、俺は言葉に詰まる。
「光璃ちゃん、それはどういうことかな?」
三島が俺の代わりとばかりに、豊橋さんに問いかける。
「羽島さんが、私にマニュアル作りを提案した理由です……」
俺はその時、胸のざわつきを抑えることが出来なかった。
「羽島さん。私と初めて電話で喋った時のこと、覚えてますか?」
豊橋さんは、俺をまっすぐに見下ろしてくる。
そこには普段のおどおどとした雰囲気はない。
「どうだったかな……」
精一杯惚けて応える俺に構わず、彼女は続ける。
「言ってくれましたよね。『アンタはもう少しこの仕事を続けて、人間の裏とか悪意とかを学んだ方がいい』って……」
「そうだな。それが目的だな……」
「違い、ますよね?」
ここまで言われて、確信してしまう。
俺は彼女をあまりにも過小評価しすぎた。
「恐らく羽島さんは、まだ無意識的に模索しているのでしょう……。彼女と作れなかった脚本を。彼女が……、いえっ。羽島さん自身が納得できるカタチでの終わり方を。それは、きっと彼女の望みでもあるから。そのことは羽島さん自身も気付いているんじゃないでしょうか?」
彼女にそれを言われてしまった時、大人気なくも頭に血が上っていることに気付く。
「……分かったような口利くな! なんだ!? アンタは俺が他人に自分の後悔を、一方的に押し付けるクズ野郎とでも言いたいのかっ!?」
「ち、違います! 私はただ……」
俺が声を荒げると、彼女は黙り込む。
やってしまった。
俺は居心地の悪さを隠すため、一番最低な手段を採る。
「帰る……」
「ま、待って下さいっ!!」
俺が席を立ち、入り口へ向かうと、彼女も立ち上がり後を追って来ようとする。
「待って、下さい」
居酒屋の外へ出た時、彼女に再び腕を掴まれる。
消え入りそうな声とは裏腹に、俺を引き止める力は次第に強くなる。
「もう一つだけ……、聞かせてくれませんか?」
「何だ……」
「私がこれ以上騙されないように、と羽島さんが言った真意です」
「真意も何も、そのままの意味だよ」
「本当に……、そうですか?」
やはり何もかもお見通し、なのか。
「羽島さんは、彼女の作った優しい世界が見たかったんですよね。だから、脚本作りを引き受けた。違いますか?」
「……時系列がメチャクチャじゃねぇか。そんなのは後付けだ」
「では続けたと言った方が正確でしょうか?」
「……結局、何が言いたいんだよ」
「だから、羽島さんは嘘を否定しているわけじゃない。嘘に騙されるな、ではなく、嘘の裏にある本質に騙されるな、ですよね?」
そうだ、その通りだ。
俺はその本質を見誤り、最後の最後で取り返しのつかない結果を生んでしまった。
詐欺にあったところで、きっといくらでもやり直せる。
司法だって、味方だ。
だから、肝心なのはそこじゃない。
世の中に五万とある嘘や欺瞞の裏側にある本質。
それは他でもない、
嘘を吐く動機と、周囲にもたらす影響だ。
豊橋さんには、それを読み違えて欲しくなかったのだ。
いや……。
それとて、後付けの理由だ。
結局のところ、豊橋さんが言うように、マニュアル作りに託けて彼女との続きを模索していたのだろう。
我ながら、女々しいことこの上ない。
「すみません……。無神経なコト言って」
今さら謝るな。
これ以上、俺を惨めな気分にさせるな。
もう、うんざりだ。
自己嫌悪などこの2年間、飽きるほどしてきた。
「でも、羽島さんには立ち直って欲しくて……。だって羽島さん、たまに凄い苦しそうな顔するじゃないですか。やっぱり未だに燻っているんじゃないですか?」
「だったら、どうだってんだよ……」
「……人って、簡単に変われないものです。私を見れば分かりますよね?」
「…………」
「だから考えて考えて考えて考えて……、結局振り出しに戻る。羽島さん、この2年間、何度振り出しに戻りましたか?」
「っ!?」
その言葉を聞き、俺は力一杯彼女の腕を振り払ってしまった。
それから、彼女が俺の後を追ってくることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます