Last Case ~未完成男子②~

「やぁ。


 表向きのタイプは全く違う。

 しかし、豊橋さんとやりとりを重ねていく内に、いつしか俺は豊橋さんに彼女の面影を見るようになったのだろう。

 あの時、豊橋さんは『変わりたいです!』などと俺に告げてきたが、その実、分かっていたんだと思う。

 人は簡単に変われない、と。

 だから、俺にあんなことを伝えてきた。

 豊橋さんも浜松と同じく、内心では嘘か真実かなど些末な問題だったのかもしれない。


 そんなことを考えながら、駅前の繁華街を放浪していると、とあるこじんまりとした個人経営のバーに行き着く。

 口直しとばかりにふらっと立ち寄ると、運悪くと出くわしてしまう。

 

「奇遇にしても、会いたくなかったよ……」


「そ? 俺は会いたかったけどね」


 三島は店の入り口に近い席から、ポンポンと右隣の椅子を叩き、誘導してくる。

 俺は店内を見渡した。

 カウンター席は10席ほどあり、三島の他にそこに腰を掛ける客はいない。

 一瞬迷いも生じたが、深い息を吐きつつ、三島が指示する席に腰を下ろす。


「……すみません。カルーアミルク一つ」

「いきなり!?」


 俺がバーテンダーに注文を通すと、三島は嫌味ったらしく驚愕してみせる。


「悪ぃか?」

「いや、べつに」

「『とりあえずビール』とか、『とりあえずジントニック』とか大嫌いだよ……」

「そっか。そうだね。キミはそういう人だったね!」


 そう言うと、三島は何故か嬉しそうに笑い出し、手元に置いてある名前すら分からないに口を付ける。

 それからしばしの間、何とも居心地の悪い沈黙が俺たちを包んだ。


 ドリンクが俺の手元に届くと、三島は待ち合わせていたかのように手持ちのグラスを向けてくる。


「……何だよ」

「何って、だよ」

「さっきしたじゃねぇか……」

「いいからいいいから! はい!」


 俺は気は乗らないながらも、三島の要求に応じる。

 カチン、とグラス同士が触れ合う甲高い音が静かに響く。


「……今日はごめん。騙し討ちみたいなことして」


 乾杯が済むと、すかさず謝ってくる。

 その視線は手元のグラスに行き、俺を見ることはない。

 表情もどこか物言いたげだ。


「それが謝るヤツの態度かよ……」

「キミの本意ではないみたいだしね。だから形式的に、ね」


 三島は、また胡散臭い笑みを浮かべる。


「なるほど、な。本心じゃ一丁前に世話焼いてやった気分になってるってとこか? なんつぅか、独善的だな」

みたい?」


 独善的というワードを出した瞬間、後悔した。

 三島からはやはり反応が返ってきた。

 ニヤリと得意気な笑みで、俺を煽るかのように見つめてくる。


「だから、嬉しそうに言うなっての……。何お前? サイコパスなの?」

「羽島くん、何か勘違いしてない?」

「はぁ?」

「俺が言ってるのは、光璃ちゃんのことだよ」


 そう言って、三島はまたカクテルに口を付ける。

 紛らわしい奴だ。

 だが、冷静に考えればコイツがそれほど無神経なセリフを吐くはずがない。

 米原とはまた違ったタイプの社交性を持った人間なのだ。


「……あぁ、そうかい。そういや知り合いだったんだっけ?」

「うん、小学校からの友達の妹でさ。家に遊びに行くと、一緒にゲームしたりしてたんだよね」

「ふーん、そりゃ良かったな……」

「あれ? 嫉妬?」

「米原みたいなこと言うなよ……」

「ハハハ、そうだね。


 あれ? 米原と友達なんだよね?

 みんなして米原の扱い雑過ぎじゃない?


「でも驚いたな……」


 ポツリとそう呟きながら、三島は遠い目を浮かべる。

 この男のことだから、何も言わずとも勝手に喋りだすと思い、俺は何も追及しなかった。


「彼女、キラキラしてるよね」

「あぁ、さっきも言ってたな。何? お前も豊橋さんがタイプなの?」

「違うよ。俺が言いたいのは、なんだろ? 彼女の内面の部分のことかな?」

「そういうことかよ……。まぁそうだな。見ているコッチが不安になるレベルでな」

「ふふ。そうだね。羽島くんは信じられないかもしれないけどさ。彼女、昔はあんなオドオドした感じじゃなかったんだよね」

「えっ!? そうなの!?」

「え……、う、うん」


 今日一番の衝撃だ。

 思わず食い気味に反応してしまい、三島は若干困惑気味だ。


「と言っても、俺が知ってるのは、小学生までの彼女だけなんだけどね。俺は中学は、別の県の私立に行っちゃったから」

「そうか……」

「やっぱり中学・高校ともなると、多感な時期だからね。色々あったと思うんだ。今も凄い苦労してるみたいだし……」


 三島はカラカラと手持ちのグラスに入った氷を転がしながら、物憂げな表情を浮かべる。


「でも小学校までの彼女は全然違ってね。天真爛漫というか、問題児というかさ。色々イタズラされたりもして、正直俺も凄い振り回されたよ!」


 三島はハハと懐かしむように笑う。

 なるほど、そういうことか……。

 彼女が時折見せるあの悪戯な笑みは、その片鱗だったのかもしれない。


「だから先週久々に彼女を見た時、驚いたよ。いや……、違うな。正確に言えば2回驚かされたよ」


「……どういうことだよ」


「まず昔と随分雰囲気が違ったことかな。でもよく見ると、どこか楽しそうにも見えるんだよ。それこそ、昔俺にイタズラしてきた時のような、さ。そんな感じだったから、本当に光璃ちゃんかどうか確信が持てなかったんだよ」


「……デート商法を楽しんでやってた、とでも言いたいのか? とてもそうは思えないけどな」


「キミは今の彼女しか知らないからだよ。まぁ光璃ちゃん自身も否定するかもしれないけどさ」


 あの短時間でそこまで見抜く、か。

 他人に興味がなさそうだとは思っていたが。

 どうやら俺は、この男の評価を改めざるを得ないようだ。


「キミには昔の彼女を見せてあげたいよ。なんだろ? ちょうど浜松さんみたいな感じ?」

「……何が言いたいんだよ」


 すると、三島の表情から笑顔が消える。

 そして、改まった様子で俺を見据えてくる。


「来月の第三日曜日、の三回忌がある」


 三島はそう言いながら、一枚の葉書を差し出してきた。

 裏面を見ると、つらつらと文字のみで、法要の日時や場所や、施主である彼女の父親の名前などが書かれてあった。


「何でこれをお前から渡されるんだよ……」

「彼女の件がきっかけで、うちの親父と彼女の父親は交流が出来たらしくてね。親父に羽島くんのこと話したら、頼まれたんだよ。聞いたら葬式も出てないんだろ? 彼女のお父さん、心配してるみたいだぞ」


 三島の言う通り、俺はあの時逃げてしまった。

 どうしても、俺が彼女の命を縮めてしまったのではないかという疑念が拭えなかったのだ。


「……キミの言いたいことは分かるよ。でも、もういい加減前に進んだらどうだ?」


 分かっている、そんなこと……。

 だが、今さらどの面下げて彼女の父親と会えばいいのだろうか。


「外野の俺がキミのために出来ることはこれくらいかな。後は、そうだな……。光璃ちゃんが何とかしてくれるかもね」


「なんでそこで豊橋さんの名前が出てくんだっての……」


「さぁ? 何でだろうね」


 三島はそう言うと、またいつもの胡散臭い笑顔に戻る。

 本当に腹が立つ奴だ。

 何もかも見透かしたようなこと言いやがって。

 

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