第13話
先程のハイテンションさはどこへやら、彼女の声音は落ち着いていて危うい重さを孕んでいた。何やら感じるものがあるようだ。
俺は続ける。
「初めから話すと・・・・・・さっき、帰る前に廊下でクラスメイトと会ったんです。そしたらそのクラスメイトと蛇が睨みあってる、みたいな状況で────まずいかもってなったとき、何故かカゲビトが出てきてくれて。それで気を取られているうちに蛇はいなくなってました。おかげでなんとか何かされずに済んだんですけど」
「はは。君のカゲビトは相変わらず気分屋だねぇ」
「で、そのあとすぐに本人に声をかけたんですけど・・・・・・彼女は見えてないっていう感じでした。俺にだけ見えてるみたいで・・・・・・」
「ふーむ」
あの時の纈は自分が立ったまま寝ていたと認識していた。だが、真実はそうではない。
纈は真っ直ぐに、蛇を見つめていた。人形のように、温度を感じさせない瞳で、あの真っ赤な眼を見ていたのだ。
「・・・・・・蛇、ねぇ」
「廻迷さん。それ、実は結構ヤバい霊怪だったりするんですか?」
「・・・・・・いや。現時点では何も言えない。けれど直接その子と話がしたいな」
俺は思わず、「え」、と一文字を零した。
「纈は確かに良い奴だし頼めば会うことは出来ると思いますけど・・・・・・でも、自分で陰陽師を名乗る人と会うのってめちゃくちゃ怖くないですか?」
「そう。そこなんだよね〜」
廻迷さんはうんうん唸る。
そもそも纈があの蛇を認識していない、それが問題だ。
蛇が見えていたのなら、退治して助けることを正直に言えるのだが、今回はそれが出来ない。廻迷さんと纈が近付くきっかけが無いのだ。
彼女は一般人で、霊怪の存在を知らない。そんな彼女に何を伝えれば良いのだろうか。
「結局あの蛇は纈を襲おうとしたんですかね。・・・・・・いや、そもそもあいつと関係があったかどうかさえも分かんないんですけど」
「あるよ。なきゃ現れない」
いや、なんとなく分かっていたことだが、そうハッキリ言われてしまうと、うぐ、と情けない声が出る。
だろうな、とは思うのだが。
「いや、言葉を選び直そうか。あの子は自分から、蛇と繋がってしまった」
「・・・・・・は・・・・・・」
そこで、脳に殴られたような衝撃が走る。
背中にはじっとりと、嫌な汗が滲んでいた。
震えた声で、俺は思わず彼女に問うた。
「じ、自分からって。俺みたいにとか、そういうことですよね・・・・・・?」
「いいや、君とは違うよ。その子は、自分から願った。いや、頼った、と言ったほうが良いのかな?」
指先に力が抜けていくのを感じた。思わず携帯電話を落としそうになったが、必死に握りしめる。
スマートフォンは僅かな熱を持っていた。その熱が、じわりじわりと記憶を侵食していくような感触がして、俺はふと篝が言ったことを思い出した。
────私がこうなったのは、私が鬼に、願ったからです。
あの時彼女が言ったことは理解出来なかったが、今は少しだけ、分かった気がした。
神頼み────ではなく。
鬼頼み。
篝と同じように、纈は蛇に願ったのかもしれない。
自分の望みで、自分から霊怪へと手を伸ばした────。
「この前、美鶴ちゃんは完全に被害者だった。彼女はいつも通りに生活していて、けれど悪意のある霊怪が美鶴ちゃんを巻き込んだんだ。・・・・・・けど今回はきっと違う。その子の前に現れた蛇は・・・・・・きっと、そういうことだ」
心臓の鼓動が五月蝿かった。
ただひたすら、鼓動の音と廻迷さんの言葉から逃げたくて堪らなくて、今すぐにでも耳を塞いでしまいたかった。
その衝動を抑えるように噛み締めた唇からは血が滲み、口内に鉄の味が広がった。
俺は。
今まで、纈いろねの何を見ていたのだろうか?
あんな霊怪に手を伸ばすほど、痛切で膨大な想いを、願望を、あの小さな身体で今までずっと、抱え込んでいたのだろうか?
「ねえ、ナミト君」
囁くような声音で、彼女は言う。
永遠にその続きの言葉が聴こえなければ良いと思った。
「今回、蛇は祓えても、きっと根本的な解決は出来ないと思う。それでも、君は彼女を助けようと思う?」
「根本的な解決って・・・・・・本当の意味で、あいつを助けられないっていうことなんですか!?」
「・・・・・・それは君次第だ。蛇を祓ったからといって、全ての解決は無理ということ。ただの引き算だよ」
ぐ、と喉の奥でそんな音が鳴った。
そして拳を握り締めて、深く息を吸う。俺は彼女に言った。
「それでも俺は・・・・・・あいつを、纈いろねを、助けたいです。・・・・・・廻迷さん、どうか、お願いします」
「・・・・・・嗚呼。そこまで言うのなら、君の依頼、確かに承った。陰陽師としての役目を果たそう」
廻迷さんは強く言った。
専門家である陰陽師に出てもらわないと、そもそも話にならないのだ。
「それで、蛇とその子について色々話したが、あくまでも私の予想に過ぎない。全てがそう決まったわけじゃないんだ、だから君も落ち着きたまえよ。今でそんなんじゃこの先大変だぞ〜?」
そこで俺はようやく、拳を握りすぎて爪が深く食いこんでいることに気が付いた。慌てて手のひらに目をやると、くっきりと爪の跡がついていた。
やはり廻迷さんは何でもお見通しだ。
だが、彼女のおかげで俺は冷静になれた。
深呼吸する音が聞こえてしまったのか、廻迷さんはくすりと笑うと、いつもの声音で続ける。
「そして問題はどう私がその子に接近するかだ」
大事なことを思い出して、もう一度二人でうーんと唸る。
自然な感じで、どう纈と廻迷さんを会わせるべきか。
「当然、霊怪関係は
「それ、蛇の前に俺の信用が退治されてませんか?」
「そしてそのまま人気の無い場所にその子を連れ込んで来てくれれば・・・・・・」
「廻迷さん、陰陽師の怪しさを俺で相殺しようとしないでくれませんか?」
気軽に俺の人権を消そうとしないで欲しい。
画面の向こうからは廻迷さんのケラケラと笑う声が聞こえてくる。
笑いごとじゃないんだけどなあ。
「難しいね。そもそも君はその子のことを騙したくはないんだろう?」
「まあ、そりゃあそうですね。あんまり酷い嘘はつきたくないですよ。アイツの優しさに漬け込むみたいで・・・・・・」
「はは。助けようとする側がそれを言うのか。君はお人好しだねぇ」
軽い調子で廻迷さんは言う。
「まあ、あとは君に任せた。下準備は君の仕事さ」
「ちょ、廻迷さん、」
「そうだね、その子と話をする日は───次に雨が降った日にしよう」
せいぜい、そっちで上手くやってくれ。
と。
こちらの有無を言わさず、彼女は早口でどんどん話を進めていく。
「念の為、かがりにも立ち会ってもらうことにする。雨が降った当日、私からかがりに連絡を入れておくから」
「は、はあ」
「ということで、おねーさんはお仕事に戻ります。じゃあね〜ナミトくん!」
そこでぶつりと通話が切られた。
つー、つー、という音を聞きながら、俺はベンチに座ったまま頭を抱えた。
あの人、考えるの面倒になってきてただろ!
と言っても、蛇という直接的な問題を解決してくれるのは廻迷さんなので俺が文句を言える立場じゃない。たとえ怪しまれ役を押し付けられても、だ。
ふう、と息を吐いて、自転車に足を乗せる。
まずは纈と廻迷さんを会わせるために、彼女に何と言葉をかければいいか。それを考えなければならない。
俺に出来ることがあるのならば、出来る限りの力を尽くそう。
家まではもうすぐだ。
俺はペダルを踏んで、帰路に着くのだった。
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