第11話
HRが終わり放課後になった。いつもならチャイムの音で教室を飛び出し、コーナーで差をつけながら家へと帰っているところだが、生憎と今は雨が降っている。しかも土砂降りだ。
凄い勢いで降る雨は、窓ガラスを騒がしく叩きつけていた。雲はどんよりと分厚く、外は日が長いこの時期でもまるで夜のように暗かった。
俺は家へと帰ることも出来ず、ただ教室で雨が止むのを待つ。
こういう時は普段なら親を呼んでいるが、今日に限って親は用事があるとかで送迎は不可能であった。タイミングの悪さに、俺は思わず溜息を零した。
スマホを片手に机に突っ伏せていると、俺の友人である
「ナミト〜大丈夫か? 俺の親来るからお前ん家まで送っていくけど」
「いや。予報見たらあと一時間くらいには止むらしいから、大丈夫だ」
「そ? ならいいけどよ〜」
そう言いながら、夷汰は俺の前の席に腰掛ける。
彼の親の迎えが来るまでは、二人で他愛ない会話をしながら待つことになった。
「聞いてくれよナミト。昨日YouTube見てたらめちゃくちゃ可愛い子見つけてさぁ」
「お前、YouTubeを可愛い女の子見つけるために使ってんの?」
「それは誤解だ! 俺はただおすすめ欄に出てきたヤツを再生しただけなんだ・・・・・・」
「あっそ。どうでもいいけど、おすすめ欄は視聴履歴とか過去の検索結果から動画が選ばれるんじゃなかったっけなあ」
俺がそう言うと夷汰は全力で顔を逸らしていた。墓穴を掘ったとは正にこのことだろう。
ちなみに俺はというとYouTubeの視聴履歴のほとんどは好きなバンドのPVだったりゲーム実況だったり、たまに猫の動画だったりという感じだ。
「だって見ろよこの子! 可愛いだろ! こんなんオススメに出されたらうっかり見ちまうよ!」
「しっかりの間違いだろ・・・・・・」
夷汰は俺の前にスマートフォンを置いた。画面に映し出されたのは、俺らと同じくらいの歳の女の子だった。流行りの曲でダンスを踊っている動画である。
まあ、確かに彼女は可愛らしい顔立ちをしていると思う。夷汰の言っていることもあまり否定は出来ない。
短い動画がもうすぐ終わろうとしていた頃、「あ、そうだ」、と彼は何かを思い出したかのように口を開いた。
「さっき先生に課題出しに行ったらさ、廊下で可愛い子とすれ違ったんだよね。一年生だった」
「・・・・・・一年ねえ」
一年生と聞いて、俺の頭に篝の顔が真っ先に浮かぶ。
「なんだろうね、なんか守ってあげたくなるタイプの子だった。小動物みたいで可愛かったな〜」
「な、お前、まさか・・・・・・!」
篝はまわりから見たら小動物みたいな雰囲気があるのは確かだ。いや、彼女の中にいるのは世にも恐ろしい鬼なのだが。
何故だか内心ハラハラしながら、夷汰に問うた。
「声、かけたのか?」
「いや? 何か用があるっぽかったからかけてない」
「そ、そうか。なら良いけどさあ・・・・・・」
別に夷汰が見つけた女子が篝だとは限らないが、誰にでも気さくに声をかけがちな夷汰と、超人見知りの篝を会わせてはいけないと俺の勘が言っている。
そんなことを思い出していると、夷汰は首を傾げ、不思議そうな顔をして俺の顔をじっと見た。
「何? 最近お前忙しそうだし、もしかして彼女でも出来たのかよ?」
「はあ!? 何だよ急に!」
「おお、その反応。急に大人になっちゃって、母さん寂しいわ〜」
夷汰は気持ちの悪い裏声を出しながら、しくしくと態とらしい演技をする。
俺は首を大きく振って否定した。
「違う。本当に違う。確かに最近予定は立て込んではいるけど、とにかくそういうんじゃないんだよ」
「ふうん・・・・・・でも、何してんの?」
「えっ? そ、それは・・・・・・」
そこで俺は口篭る。
化け物の調査してるぜ! なんてことを言っても頭の心配をされるだけだ。
それに、霊怪のことは何も知らない一般人に話してはいけないと廻迷さんが言っていた。普通の人間に、霊怪の存在を認知させてはいけないのだ。
「まあ、知り合いの手伝いだな」
「手伝いねぇ。ま、張り切りすぎんなよ? あんまり放置されると俺、泣いちゃうんだからな」
なんとか上手く躱せたようで、俺はほっと胸を撫で下ろす。泣き真似をする夷汰に、苦笑して頷いた。
さり気なく心配をしてくれるあたり、本当に彼らしいと思った。
夷汰とは入学してからすぐに友達になれた。席が近かったのだ。話してみれば面白くて話が合って、気が付けばこうして一緒に巫山戯合う仲になっていた。
こう語るのも気恥しいが、俺は良い友人を持ったと心底思う。
これからも夷汰とは、何やかんやでずっと関わりあっていくのだろう。
すると、彼のスマートフォンがピコンと音を鳴らした。反射的に俺らは画面に目を向けた。
「お。親着いたみたいだ。・・・・・・本当に大丈夫か? 送っていかなくて」
「大丈夫だってば。空もさっきより明るくなってきてるしな。じゃあな」
「そうだな。んじゃ、またな〜」
ひらひらと手を振って、夷汰は教室の扉を潜り抜けて行った。
気が付けば教室に残っている生徒はまだらになっていた。彼のように親の迎えを待つ者や、俺と同じ雨が止むまで待っている者たちがそれぞれ暇を潰している。
俺は机の中から数学のテキストを引っ張り出した。そう、課題である。
提出期限は来週とまだ時間があるが、こういう暇な時間にさっさと片付けてしまうのが良いだろう。
騒がしい教室では、思うように集中出来ないので、俺は荷物とテキストを抱えて図書室へと向かうのだった。
***
「お、終わった・・・・・・」
そう呟き、俺は座ったまま大きく背伸びをした。目と腕が疲れたのでついでに首と肩をぐるぐると回す。
数学のテキストは無事に提出範囲分は終了した。
誰もいない図書室は、しんと静かな空気で満ちている。耳に届くのは、扇風機の羽が回る音だけだ。
窓の外を見ると、既に日は沈みかけていて、これからあっという間に暗くなるだろう。雨は予報通りに止んでいた。
扇風機と図書室の電気を消し、広げていたテキストや筆記用具を乱暴に鞄の中にしまって俺は廊下へ出る。日も沈む頃だというのに、じめった暑さは消えてくれない。
特別棟にある図書室から昇降口へと出るには、校舎と特別棟とを結んである渡り廊下を渡り、自分の教室の前を通っていく。地味に遠い。
足早に渡り廊下から校舎に繋がる扉を潜って、教室の廊下を通り抜けようとしたとき、俺の足はピタリと止まった。
各クラスの教室の向かい合わせにある、生徒が教科書をしまうのに使っているロッカーの前、そこには纈いろねがぽつんと佇んでいた。
教室に誰かいるのかと思って様子を伺っても、電気は既に消えていて人のいる気配は無い。
「纈? 何してんだよ、こんなところで─────」
疑問に思い俺は彼女に問いかけた。
だが、返事は無い。彼女は真っ直ぐに、前を見ている。
釣られるように自分もまた、同じ方向に目をやった。
そして目の前の光景に、俺の心臓はドクンと大きな音を立てた。
締め付けられるように痛みだした肺からは、空気の漏れる音だけを生み出した。
「─────・・・・・・っ、」
今この瞬間。
俺は、真っ赤な目をした、一匹の黒い蛇と目が合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます