友達を取り戻したいシーク君

川野マグロ(マグローK)

第1話 友達できたシーク君

 住宅街を歩く2人の少年少女の姿。


 1人は大股に堂々と歩く少年。


 もう1人は後ろ手に小首を傾げた少女。


「やけに気分がよさそうね」


「もちろんさ」


 スージーの言葉に、シークは胸を張って答えた。その様子はどこか誇らしげだ。


「なにがあったの? 教えなさいよ」


「今は秘密。もう少ししたらね」


 シークはスージーにニヤニヤと笑いかけると突然走り出した。そのまま、人が行き交う間を縫うように駆け抜けると瞬く間にスージーの視界の外へと消えてしまった。


 虚をつかれたように、スージーは目を丸くしたままその場に取り残された。


「なにあれ」


 スージーはぽつりと言った。




 シークの機嫌がいい理由はただ一つだ。


「おじさん。こんにちは」


 おじさんの家に行けるからだ。


 だが、おじさんが好きだからではない。シークの目当ては他にある。


「ソル。今日も元気そうだね」


 シークの目当ては、おじさんがテイムしたソルだ。


 シークはこれまでテイムしたことも、させてもらったこともなかった。


 友達はみんなテイムして新しい友達を作る中で、シークだけが取り残されていた。


 ソルもシークがテイムしたわけではないが、それでもシークにとっては街中で突然駆け出したくなるほどの対象だった。


「ほっほ。よく来たの。だが、これも今日が最後かもしれん」


 しかし、今日のおじさんはいつにも増して元気がなかった。


「もう来ちゃダメってこと?」


「そうじゃない。ソルは君に任せるってことだよ」


 おじさんの言葉にソルは首を高速で横に振り出した。


「それって? ねぇ、ソルも嫌がってるよ? それに、まだそんなに仲良くなれてないし」


「ソルは素直じゃないんじゃ。本当は心から君のことを信頼しているよ」


 おじさんはベッドの上で横になりながら言った。その言葉は一つ一つ選ぶように、重みがあった。


 だが、当のソルはシークが来るなり、おじさんのベッドの裏に隠れ、シークを威嚇していた。そして、首を横に振り続けていた。


 シークは威嚇し返すようなことはしなかったが、ソルの態度に困ったように視線を彷徨わせ、頭をかいた。


「ねぇ、たしかに僕は嬉しいけど、ソルの気持ちのが大事だよ。ソルはおじさんと一緒にいたいんじゃないかな?」


 ソルも珍しくいいこと言うじゃねぇか、と言わんばかりだ。


「……」


 返事がない。


「おじさん? 寝ちゃったの? ……おかしいな。いつもならいびきをかいて寝てるのに」


 不審に思ったシークは、ベッドに近づきおじさんの様子をうかがった。


 普段なら、ベッドに近づくだけで襲いかかってくるソルも、シークのことを気にする様子を見せずに、ただ、大人しくおじさんを見ていた。


 それは、今なにが起きているのか、この場で唯一理解しているかのように。


「キュアアアアア」


「どうしたの!」


 初めて聞いたソルの鳴き声に、驚きと喜びを覚えたシークだったが、それも束の間、ソルは家のドアに体当たりを始めた。


「なに、なにしてるの?」


 シークは呆然とソルのことを眺めていた。


「キュアアアアア!」


 何度も何度も自暴自棄になったかのように、ソルはドアに体をぶつけ、しまいには押し開けると、そのまま一目散に駆け出した。


 ソルの様子に先程の自分を重ねたシークだったが、とても楽しいことが待っているようには見えなかった。


「ごめんなさいおじさん。話はまた後で、ソルを連れ戻したら、また来ます!」


 シークはおじさんに頭を下げると急いで家を飛び出し、ソルを追いかけた。




 街中へ出てソルの青い鱗を探したが見つからなかった。周囲の人に聞き込みをしてソルが向かった方向を目指し駆けた。


 それは大きなモンスターが出ると噂の街の外。


 今のソルじゃあ勝ちようがない。


 俊敏で賢く、鋭い爪を持つが、あくまでシークと比べてだ。体格はシークにも劣る。


 そんなソルが飛び出したとなったら、当然襲われるのは避けられない。


 必死で腕を振り、前へ進めと体に鞭打ち動いても、なかなかソルには追いつけない。足の速さでは敵わない。


「ソルー!」


 名前を読んでも返事はない。


 このままではおじさんに合わせる顔がない。


 辺りを見回すも、ソルの姿は見当たらない。


 焦りで呼吸は浅くなり、心臓の音がうるさいほど鳴っている。


 額の汗を拭って、先へ進もうとしたその時。


「キュアー」


 鳴き声の方向には一本の木、そして、その半分はあろうかという体格のモンスター。


「うわあああ!」


 シークは無意識のうちに走り出すと、木の裏へ回り込んだ。


 大柄なモンスターも突然の来訪者に一瞬、怯んだ。


 シークはその隙を見逃さず、目に写ったソルを抱きかかえ街へ向かって走り出した。


「大丈夫。すぐにおじさんのところに、ガッ」


 そう、ソルが危険ならばほとんど体格に差がないシークも危険な道理。


 ソルを襲っていたモンスターも怯んだのは一瞬だけ、状況を理解するとすぐさまシークに襲いかかった。


 シークの背中をモンスターの爪が捉えた。


 痛ぶる相手が増えたことを喜ぶように、モンスターは高らかに笑い声を上げた。


 背中の痛みを我慢しながらシークは口を開いた。


「逃げるんだ。ソル。今ならソルだけなら逃げられる」


 手を離し、街を指差すシーク。ぷるぷると頭を横に振り抵抗するソル。


「こんな時でも頭を横に振るのか」


 シークはソルを逃がすことを諦めたように目を伏せた。そして、立ち上がると手足を広げモンスターの前に体を大きく見せた。


「来るなら来い。ソルには指一本触れさせない」


 モンスターの目を見て放たれた言葉に、再びモンスターは笑い出した。


 知性の高いモンスターは人間の言葉を理解する。


 小さな子どもが自らの能力を超えた発言に対して、モンスターは笑い出した。


「何度でも笑え、僕はお前なんて怖くない。側にはソルだっているんだ。やれるものならやってみろ」


 モンスターはとうとう笑いをやめ、ギラリと光る爪を高々と掲げると、そのままシーク目指して振り下ろした。


 思わず目を瞑ったシークだったが、体には傷一つついていなかった。


 モンスターの爪が当たるすんでのところで爆発音がしたかと思ったが、なにもなかった。


 モンスターも驚いたように目を見開いている。その右手は黒焦げていた。


 そして、シークの右側には倒れたソルの姿。


 シークは咄嗟に状況を理解した。


 ソルが放った火炎がシークを守ったのだ。今までなら考えられなかった行動。


 ソルの行動で怒りの矛先はシークからソルへと移った。


 シークはモンスターが攻撃を放つより早く動き、ソルを抱きかかえ、庇った。


 痛みを覚悟し、強く目を瞑ったシークだったが、またしても体に傷をつけられることはなかった。


 手元にいるソルは弱々しく呼吸をしているだけでもう一度火炎を放った様子はない。


 モンスターを見、その視線の先には見覚えのある姿があった。


「スージー!」


「私に隠し事ったってそうはいかないわよ。外に出てったって聞いた時はさすがに驚いたわ。でも、逃げ足が速いあんたが逃げ遅れるなんてね」


「まあ、色々あってね」


「その背中を見ればわかるわ。さて、人を襲ったらどうなるかわかってるわよね」


 モンスターは力関係を理解したように、シュンと体を縮こませると大人しくなった。


「でも、そうね。今回は見逃してあげる。もうこんなとこ来るんじゃないわよ」


 大きく頷くとモンスターは一目散に逃げていった。


「スージーってすごかったんだな」


「まーね。私のラックはすごいんだから。でも私じゃその怪我は……って、なにその子! 怪我してるじゃない。看せなさい」


「ああ、看てくれ、僕のことはいいから」


「あんたも、その怪我じゃ。ああもう! さっさと帰るわよ。まとめて看てあげる。説教はその後よ」


「へいへい」


 怪我と緊張からの解放でシークは白目を剥くとその場で横に倒れ込んだ。

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