第29話 信じられないわ!
「私、集中力が高まりすぎると、別人格が出てくるみたいで」
私は鳥海さんの問いに自分が体験している気味の悪い、いえ、なんだか不思議な感覚をありのままに話した。
「操られているようなそんな感覚にすらなったりします」
「私も神経が研ぎ澄まされた時には自動的に身体が動く、というようなことはあるわ。でも、別人格に操られているような感覚はないわね。それで、その別人格には何か心当たりはないの?」
「それが……全く分からなくて」
「でも、良いじゃない。あなたのような素人が私に浮固めを決められるんですもの」
「あい、いや、ちゃんと練習はしてますし」
そう言った私に鳥海さんのは半分侮蔑の表情を浮かべて言った。
「何週間練習したのかしら? 私はもう13年間もずっと練習してきたのに!」
「三週間……です」
「信じられないわ!なによ、たった三週間って。私はあなたなんて絶対認めない!」
私は鳥海さんに言われるがままにされていると、胸の奥底から何かが込み上げてきた。
「おい、お前。それくらいにしておけ」
泣きそうになった私を庇うように、ヤンキーの飯田さんが割って入ってくれた。
「飯田さん、あなたには関係ないでしょ、口出ししないでよ」
「いいや、関係大有りだね。アタシたちこのコンテストにカラダ張ってんだ。意地汚い口で相手を罵るのはやめときな。アンタが自分の体力と技に自信があるならさ」
鳥海さんは、何か言いたそうだけど押し黙った。
「アンタも言われっぱなしじゃダメだろ? アンタの流れるようなタックルからの浮固め、アレはなかなかできるもんじゃないよ。練習はたった三週間だって? 凄いじゃないか! 悔しいけどアンタはやっぱり金の匙を持って生まれてきたんだね」
私、今度は嬉しくてやっぱり泣きそう。
「でも、なんだい、このヘナチョコな身体はさあ。これでアンタ合格したって、簡単にはデビューできやしないよ!」
はいはい、そうですよ。
マッチ棒みたいに細い身体。
鎧となる筋肉は僅かにしか付いてないですよーだ!
如何にも壊れやすそうな身体つきなのは言われなくても分かってるわ。
でも、私も負けていられない。
二人に言ってやるんだから!
「飯田さん、鳥海さん、ご忠告やアドバイスありがとうございます。でも、私は私に出来ることしか今はできませんわ。それで合格出来なければ私はそこまでの人間。そうでしょう?」
二人は私が啖呵を切ったことに少し驚いたみたいで、互いの顔を見合って笑った。
「それでこそ、アンタはビースティー冬城の娘だよ」
「言い過ぎたわ。私の不甲斐なさをあなたにぶつけてしまってごめんなさい」
二人ともテストで心が昂っているけど、真っ直ぐで、気持ちのいい人なんだな。
ああ、この人達と一緒に合格したい。
そして、一緒にまたこの後楽園ホールのリングの上で、プロとして闘ってみたい。
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