第28話 私の秘密?

「この試合、引き分け」


 レフリーの源田さんの口から出た言葉は、私を安堵させた。


(引き分け、られたのね)


 同時にフォールしたのにカウントを取ってもらえなかったのか、どうしても聞きたくなってつい声に出していた。


「どうしてカウントを取ってもらえなかったのでしょう?」

 私は瞬きもせず源田さんの顔をじっと見つめた。


 源田さん、少し困ったような顔をして答えてくれない。


「なによ、理由なんてないんだわ。それとも鳥海さんを依怙贔屓えこひいきしたのかしら?」


「そんなんじゃない」


「じゃあ、どうして」


「…君がかけた固め技は何だ?」


 実際に名前を知ったのは試合中よ。


「う、浮き固め……です」


「そうだな、あれは見事な浮き固めだった。上手く決まっていたな」


「そ、そうでしょう? では何でカウントしなかったんですか?」

 源田さん、怪訝そうな顔になった。


「君は、本当にビースティー冬城の娘だよな? 父親のプロレスを観て育った、そう聞いているが」


「え、ええ。そうですわ」


「ではフォールが成立する条件は何だ?」


「え、フォールが成立する条件……」

 リングサイドからは失笑が漏れている。

 

 そして、私は重要なことに気が付いた。


「相手の両肩がマットについた状態でカウントが三つ入れば……成立です」


「はいはい。お疲れ。そう云う事だ」


 私、今自分の顔を鏡で見ることができたならきっと真っ赤なんだろう。恥ずかしい。

 いい気になって相手を動けなくすれば、そんな気持ちで必死に繰り出した浮き固めだったけど、フォールの条件を満たしていなかった。


 私は失意のままリングを降りた。


 すると鳥海さんがおどおどした態度で近づいてきた。


 本当にこの人、リング上とそれ以外では人格が全く違うのね。


「あ、あの、冬城さん」


「は、はい、鳥海さん、今の試合、ありがとうございました」


「私、あなたには絶対に負けないと思っていたのに」


「いや、引き分けだから負けでは……ないですよね?」


「そういう問題ではないのです!」

 

 びっくりするほどの勢いで否定する鳥海さんのキャラ変にちょっと気圧されてしまった。


「私はアマレスでは、馬場さんみたいな有名人じゃないけど大学の選手権では50㎏級で結構いい線いっているんです!」


「馬場さんは鳥海さんのことは知らないって」


「馬場さんは身体が大きいでしょう? 62㎏級の、しかも学生の縛りのない全日本クラスの方だから……」


「そうなんですね。でも相当の実力者だって馬場さんは仰っていましたわ。」


「だから! あなたみたいなぽっと出の人には完膚なきまでやっつけるつもりだったのに! なんなんですか! 試合中いきなり人が変わったみたいに『レスリング』始めちゃって。それで最後は浮き固め? はあ? 柔術ならポイントだったのよ?」

 いやいや、鳥海さん、あなたの方が人が変わってるってわかっているのかしら?


「私にも、ちょっと説明がつかないことが時折起きるんですわ。ただ、一つ言えることは……」

 鳥海さん、私の秘密を知りたいと思っているみたい。

 でも一番知りたいのはこの私自身なのに。

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