第25話 色のない世界

 考えていたって仕方ない。

 

 何か仕掛けないと、私は評価されない。

 フォール返しに根性がある選手としか見られなんじゃビースティー冬城の娘の名が廃るわ!


 その時、エドさんの顔が浮かんだ。


 えっ、本当? こんな時にひょっとして私エドさんの事……


 いやいやいやいや。


 そうよ。レスラーはレスリングが基本。その言葉を思い出しただけなんだから!


 素人同然と思われている私が、素早いタックルを見舞ったらどうなるかしら?


 よし、このまま何もしない手はないわ。


 そう心に決めた私は、鳥海さんとの距離を少しずつ詰めていった。

 

(絶対に、テイクダウンを奪ってやる!)


 鳥海さんが動き出す時のタイミングを見計らって、カウンターみたいに低い位置からタックルをしたらどうかしら?


 でも、そのタイミングはどうやって計ればいいの?


 鳥海さんは鍛え上げてはいるけれど、ほかの女の子たちよりも二回りくらい小さい。それにさっきの試合では戸谷さんとギリギリの攻防の末に引き分けていた。


 ちょっと呼吸が荒い…… そうだ! 呼吸よ!

 鳥海さんは明らかに体力が削られている。


 鳥海さんはその荒い息を止めないと次の動作には移れないはず。

 特に攻撃をしようとするときに呼吸をしながらは絶対無理だわ。


 私は鳥海さんとの距離を2歩くらいに保ってその時を待った……。


「両者反則負けにするぞ。ファイッ!」

 

 レフリーの源田さんから警告を受けた私と鳥海さん。


 でも彼女も私もうかつには相手に飛び込むことができなかった。


 その時だ。


 時がスローモーションのように流れた。

 不思議なことに私の目に映る映像には色がなかった。


 本当に集中している時には、人間の脳は優先順位を付けて情報収集するのだとお父さんから聞いたことがある。


 私は鳥海さんの呼吸が手に取るようにわかる。それだけじゃない。彼女の筋肉の動きや、重心の位置が変わる様が高速度撮影したビデオ映像のようにゆっくりとそして鮮明に流れている。

 そのスピードの代償として、色がカットされたのかもしれない。


 色なんて、今、この瞬間に私には必要のない情報だわ!


 荒い呼吸をしていた鳥海さん、口を閉じてゆっくりと口の中の空気を飲み込んだ。


 来る!


 両腕を振り上げると同時に、重心は前に。


 私はそれに合わせて彼女の腕を掻い潜って腰下にタックルした!


 鳥海さん、虚を突かれたような表情をして、そのまま私に押し倒されたの。


 スローモーションの時間は突然終わりを告げて、私の目にはまた色のある世界が戻ってきた。


 よし、反撃開始よ!

 

 絶対にこのチャンス、逃さないんだから!


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