第21話 健闘を称えあう

 中島さん、フジワラ・アームバーを極められて、その痛みに耐えていたけど、耐えかねて左回りに逃げようとした。


 すると、澤樹さんは、その反動を上手く使って、中島さんの身体をテイクダウンしてそのまま肩固めの寝技に入ったの。


 伸びきった中島さんの腕は、見ているのも辛いくらいに曲がる方の反対に搾りあげられていた。


 すると、中島さん、軽く澤樹さんの背中を2回たたいてタップした。


 レフェリーの源田さんはすぐに試合をストップ。


 中島さん、口惜しさと痛みで10秒くらいそこに大の字で寝転がり、動くことができなかった。


「中島、腕は」

 源田さんがそう確認すると、


「大丈夫です」

 と言いながら中島さんは立ち上がった。


「勝者、澤樹!」

 源田さんは澤樹さんの腕を取って大きく上に掲げた。


 その後、澤樹さんは中島さんに握手を求めに行った。


「あんた、すごいね」


「中島さんも自分の特徴、よくわかってて強かった。ありがとう」

 リングの上では挑発をしあっていた二人だったけど、決着がついたらお互いの健闘を称えあうなんて。


 私が子供のころに見た、お父さんとアシュラさんの試合を思い出した。


 あの時はまだ、二人とも帝プロに所属していて、二人は全然仲が良くなかった。というより、むしろ険悪仲だったんだけど、ある試合で二人は無制限マッチで30分を超えるすごい試合になった。

 

 結果、アシュラさんがお父さんにフォール勝ちして、二人ともその後リングに倒れ込んだまま動かなかったことがあったんだけど、お父さんがアシュラさんを抱えて起こし、お父さんがアシュラさんの手を取って勝者のアピールをした、ということがあった。


 あの時お父さんとアシュラさんはお互いの健闘を称えあって以来、信頼しあうようになって、独立まで一緒に果たしたっていうそんな試合だったんだけど、私はそのことを思い出していた。


 リングサイドにいた私たち二次試験の受験者もみんな立ち上がって拍手を送っていた。


 私も拍手を精いっぱい送っていたら、爽やかな気持ちになった。


 しかしこういう感傷に浸る時間もなく、次の試合のコールがなされた。


「戸谷明日花と鳥海ちな。リングへ!」


 もう一人のサブミッションスペシャリスト、戸谷さんがコールされた。


 相手は、鳥海ちなさん。


 見た目は身体も小さくて、線が細い。


 しかも、少し挙動不審で、すごく怖がっている。

 

 余計なお世話かもしれないけど、鳥海さん、下手したら戸谷さんに秒殺されるかも。大丈夫だといいんだけど。


 また源田さんは試合前の注意をリングに上がった二人に聞かせ、ゴングを鳴らすようにリングサイドにいるスタッフに促した。


「カーン!」

 リングの乾いた音が再び後楽園ホールに高らかに響いたの。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る