第8話 一次に合格してしまった

 私、プロレスのことは人よりも内情を知っているだけでプロレスラーになりたいわけじゃない。


 しかも、私は別にトレーニングしているわけでもないし、運動神経が特別良い、っていうわけでもないんだよね。


 それでもスカウトの源田さんはしつこく「とりあえず受けるだけ受けてくださいよ」と食い下がる。


 実は押しの強い人には弱いのよね。


「じゃ、じゃあできることだけやりますから」

 そういって、私は仕方なく私は更衣室でコスチュームに着替えに行った。


 でも、このコスチューム、なんだかサイズが合わなくて高身長の私には少しキツキツだった。

 姿見に映してみると、赤くてダサイコスチュームは私をげんなりさせた。


 控室に戻る途中で、念のため用心棒役で同行してくれた悠馬君とすれ違った。


「お、お嬢さん……」

 な、なに絶句してるのよ!


「な、何よ! 何か言いたいことがあったら言いなさいよ!」


「いや、そのお似合いです」

 

「もう、悠馬君のバカ!」

 私恥ずかしくて思わず怒鳴っちゃった。


 控室に戻ると、オーディションの控室とは思えない匂いがしてきた。


「こ、これは……」

 そう、フレグランスではなく「エアー・サロンパス」に匂いだ。


 よく見るとほかの候補者の女の子たちは筋肉質で、鍛え上げられた肉体をしてた。

 隣にいた女の子は、顔はかわいいのに、ものすごいガタイがよくて、この子はきっと合格するかなって思っちゃった。


 しばらくすると係の人がやってきて、


「さあ、それでは皆さん、特設会場へ移動しますから貴重品以外はここに荷物を置きっぱなしでいいのでこちらに付いてきてください!」

 と言って案内してくれた。


 連れていかれた先はなんと……



「屋上でやるの?」

 みんな口々に不満を言っている。


 でも私には見慣れている「リング」がそこにはあった。

 サイズは男子プロレスより一回り小さい一辺5.5メートル。 ただ、海外の男子プロレスも5.5mが主流で、6~6.4mのサイズのリングは日本特有なもの。


 いきなりここに上がって、スパーとかやったらけが人続出だろうに。

 運営側は何考えているのかしら。


 私の心配を見透かしたかのように、風の強い屋上でも声が通るように源田さんがメガホンでどなった。


「今から、まずこの屋上のマットの上で準備運動を兼ねて運動能力測定をさせていただきます!」

 反復横跳びから始まった能力測定は18項目にわたるもので、終わったころには私たちはヘトヘトになってしまった。


 また源田さんがきて、

「それでは能力測定の結果をお知らせします。ここでは20名の方を残してそれ以外の方はお帰りください」


 ちょっとざわついたけど、プロレスをやるって言ってるんだからそれは当たり前じゃないかな、と思った。

 ざわついている奴らプロレスなめんなよ?


 もちろん、私は自分が合格するとは思っていない。


「では合格者のお名前をお呼びします」

 合格しないと思っていると、緊張しないものね。


「……中島優華さん、村上レノンさん、澤樹恵美さん、馬場樹里亜さん、戸谷明日花さん、鳥海ちなさん、蘇我希さん、そして……」

 

 あのガタイのいい娘はまだ呼ばれていないっぽい。


「そして、冬城夏南さん」

 えっ、ちょっと?


 なんで私?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る