第6話 スカウトされたい

 悠馬くんは予定通り東北巡業でデビュー。

 三回出場して、三回ともフォール勝ち。


 でも、印象としては受け身に徹していて、いつの間にか勝ってたという試合ばかりだった。


 あ、ちょっと説明が必要なんだけど、エドさんとのスパーリングとは違ってプロレスリングTOKYOのルールは基本的にオーソドックスなプロレスであってアルティメットルールのようなものじゃないの。


 悠馬くんは、まず繰り出す技の種類が少なくて、アシュラさんのSTF*、エドさんのフランケンシュタイナーのような十八番の大技はまだ持っていないし、全体的に「地味」な感じ。


 でも、CSの放送のインタビューで、悠馬くんに負けたレスラーたちは異口同音に、


「撃っても響かない」

「のれんに腕押し」

「打撃に疲れた」


 と語っていて、アシュラさんが言っていたように、相手の攻撃を無力化するスキルが半端なく高いという事が証明されたってわけ。


 一方、レスラーたちが留守にしている間、私はオーディションを片っ端から受けていたんだけど、残念ながら一つを残して惨敗。


 自分で言うのもなんだけど、私、お母さんによく似た美人だと思うんだけどな。


 で、最近の口癖が


「誰かスカウトしてくれないかな!」

 になっちゃって、自分でもみっともないと思うけど、それでも子供のころからの夢だし何とかかなえたいの。


 ともかく、一つ残ったオーディションだけど、ドラマの脇役ながらセリフもあるし次の演技テストで何とかデビューを勝ち取りたいと思ってる。


 でも、こんな事ってあるんだ。


 大学の帰り、友達の優里ちゃんと寄り道して原宿駅から表参道の方へ歩いていたら、突然男の人から声を掛けられたの!


「あの、ちょっと時間いいですか?」


「え、私ですか?」

 ひょ、ひょっとしてまさかこれがスカウト?


「は、はい! 時間あります!」


「ねえ、ちょっと夏南」


「え、優里ちゃん、なに?」


「言いにくいんだけどさ、大丈夫なの? 結構AVとかのスカウト多いっていうし」


「あ、そっか、じゃあ名刺もらおうっか」

 確かに私みたいな芸能人志望者がそっちの世界にスカウトされて、みたいな話はよく聞くから気を付けなきゃいけないのに私ったら。


「あの、時間はあるんですけど、どんな件でしょうか」


 男の人は優しく笑って名刺を取り出した。

「ごめんなさいね。怪しい人に見えるよね? 私、芸能プロダクション『スガハラエンタープライズ』の源田と言います」


 スガハラエンタープライズ。


 日本でも五本の指に入るほどの有名芸能プロだ。


「そ、そのスガハラさんが私になにか」

 わたしったら、冷静を装ってすましたことを言っちゃった。


「あなたのような人を探していたんです! 是非、ウチでオーディションを受けて欲しい」

 私、嬉しすぎて頭が回ってなかった。


「もちろんです!」


「ちょっと、夏南ったら」


「優里ちゃん、これは私にとって千載一遇のチャンスなの。危ないと思ったらちゃんと帰るから」


「帰してくれないってこともあるよ? 夏南のところのレスラーさんと一緒に行ったらどう?」


 優里ちゃん、冴えてる。

 悠馬くんが帰ってきたらお願いしようかな。


*STF:ステップオーバー・トゥーホールド・ウィズフェイスロック。

極め技の一種。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る