第5話 悠馬の凄いところ

 アシュラさんがさっき言った、

「悠馬の凄いところを帰ったらお見せしますよ」の言葉が実のところどうなのか、確かめたくって、法事から帰るなり私の家の一階のプロレスジムに降りて行った。


「アシュラさん、悠馬くんは本当に火浦に勝てるの?」


「もちろんですよ。このアシュラ川崎、嘘は申しません」


「早速だけどこの目で見てみたいわ」

 

 アシュラさんは頷いて、


「おい悠馬、五分一本勝負で、エドと試合スパーやれ」

 と言った。


 指名されたのは今のアシュラさんのペア、エド木下さん。


 打撃良し、サブミッション関節技良し、スタミナもある。

 得意技はフランケンシュタイナー。*1

 

 引きつった表情の悠馬くん。

「いや、エドさんとスパーって、いきなりそんなこと言われても」


「じゃあならいいんだ。五分経ったってまたお前は同じこと言うんだろ?」


「そんなこと……ないです」


「だったらすぐにやれ」


 不承不承ながら、悠馬くんはリングの上に上がった。


「エド、手加減無用だからな」


「アシュラさん、お言葉だが、俺は一度だって手を抜いたことなんてないぜ」


「分かってるって」

 自分もリングに上がり、着ていたTシャツを脱ぎ捨てたエド木下さんは、背丈はレスラーとしては小柄な百七十六センチながら、良く鍛えられた体躯には隙があるように見えない。


「カーン!」

 アシュラさんが開始のゴングを鳴らした。


両者は相手との距離を測りながら懐に飛び込ませないように左回りで牽制をするエドさんに対して悠馬くんはお構いなしにジャブ撃つ。


 エドさんにジャブは簡単にパーリングされて伸びた腕を取られそうになるが、悠馬くんは間一髪振りほどき距離を一旦取った。


 しかし、その刹那エドさんは低い体勢でタックル、というより柔道で言う諸手刈りで悠馬くんをマットの上に倒して、グラウンドポジション*2 を取った。

 悠馬くんもエドさん腰のあたりをホールドしていて、簡単には攻撃させないように防御姿勢クローズド・ガードを取った。


「それじゃ、スイープ*3 なんでできないぜ!」


 しかし次の瞬間、悠馬くんは右足でエドさん脇をあおり、右手でエドさんの左脚のを取ってひっくり返した。


 電光石火だった。


 リング上の二人はすぐに立ち上がって、今度はエドさんが息つく暇もない連打を悠馬くんに浴びせる。


「バシッ、バンっ」

 ローキックが何発も連続で繰り出される。

 凄い音だ。

 しかし、悠馬くんの脛に当たったキックが効いているようには見えない。


 そのうちエドさんの顔が苦痛に歪んできた。


 他のレスラーから野次が飛ぶ。

「エド! 何やってんだ! そんなヒヨッコ早く沈めちまえ!」


 エドさんは、回転を上げてローキックだけではなくミドル-ハイのコンビネーションを繰り出し始めた。


「バーン!」

 鈍い音がした。


 ついにハイキックが悠馬くんの頭に当たった……ように見えたが、悠馬くんはハイキックを放ったエドさんの右脚を取って倒してしまった。


「おい、何が起きてるんだ?」

 リングサイドにいたレスラー全員と私は目を疑った。


 悠馬くんがグランドポジションを取って反撃をしようとした時、アシュラさんはゴングを鳴らした。


「こいつの特殊能力は、相手の攻撃を無力化するスキルが半端ないって事なんだ」

 アシュラさんは勝ち誇ったようみんなに叫んだ。


*1 フランケンシュタイナー:相手の頭部を両足で挟んで自らが回転し、マットに他叩きつける大技

*2 グラウンドポジション:相手をマットに寝かせて自分が攻撃を仕掛けるポジションの総称

*3 スイープ:グラウンドポジションから相手をひっくり返すこと。

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