第3話

 夜が更けてきた。私は怪談話のあとの、しんと静まり返ったこの雰囲気に酔うのが好きであった。もしかしたらそれは鏡石君も同じであるかもしれない。また、この場にいないが葉舟ようしゅう君も同じなのかもしれない。

 葉舟君は苗字を水野という。今夜偶然に同席していないが、私たち三人はよく怪談話で盛り上がる仲だ。そもそも、私に鏡石君を紹介したのは彼だった。

「夜も更けだ。次で最後にしよう」私が提案すると、鏡石君は「心得ました」と言った。白い顔が蕩けていく。

 丑三つ時。人と妖の境界がなくなり、現世うつつよ常世とこよの区別がつかなくなる時刻。鏡石君が怪談を語る、蕩けた様子はそれによく似ている。ある種イタコの口寄せのようでもあった。

「山々の奥には山人が住んでおります。栃内とちない村大字和野わのの佐々木嘉兵衛かへえという猟師が居まして、この翁の若かりし頃、猟をして山奥に入った際、遥かに見える岩の上に、極めてつらの白い山女が髪をくしけずり座っていました。嘉兵衛は不敵の男なれば、直ぐに銃を向けて打ち放し、それに応じ山女ははがかりました絶命しました

 私は筆記の途中で、あまりの衝撃に筆を落としそうになった。

 私は俯いたまま、動揺を悟られぬよう努めた。

「如何いかがなされました」

 彼に声をかけられ、はっと気がつく。

「何とすることもない。続けたまえ」

 私がそう言うと、彼は表情を変えずにまた朗々と話し始めた。

「嘉兵衛が駆けつけて見てみると、身の丈が高く、解きたる黒髪はまたその丈より長く、不気味でした。妖怪を打ち取った証拠にしようと思い短刀でいささか切り取るとそれをわがねて(曲げて輪にして)懐に入れ、家路に向かいましたが、道の程にて耐え難い睡魔に襲われ、その場でまどろんでしまいました。そのまどろんだ世界の中で、今度は非常に背の高い山男が表れては懐に手を差し入れ、黒髪を回収して去っていくと、たちまち眠りが覚めました」

 私は彼の語りから少し遅れて筆記を終え、筆を置いた。

「どこか分からぬところは」

「山口というあざ何処いずこの山口か」

 山口、という地名は珍しいものではなく、津々浦々見られる。それらに共通するのは読んで字の如く、山のふもとにて奥部へと進むであることだ。

「山口は六角牛の山口にございます」

「先の話に立ち戻るが、笛吹峠は何処に」

「そちらも六角牛に。更に言えば、青笹村も六角牛の山口にけずがります有りますが」

「なんと。そうであったか」

「それが何か」

「い、いや、遠野の地理には疎くてな」

「今度は水野君と、それから地図を同席させましょう」

 私は緊張していたが、少し笑うことができた。地図が人であるかのような言い回しからではなく、今の私の問いによって私の閃きが彼に伝わらなかったからであった。

 生唾を飲み込む。脇から背にかけてじんわりと湿っていた。


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