助けに来てくれたの?ありがとう!でもね、もう遅いんだ……
青水
助けに来てくれたの?ありがとう!でもね、もう遅いんだ……
ある日、僕とリョウくんは誘拐された。そして、山奥の小屋に閉じ込められた。丸太で作られた小さな小屋だ。小屋には窓がある。だけど、それはとても高い位置にあって、そこから抜け出すのは難しい。
「僕たち、どうなるんだろうね」リョウくんは不安げな顔だ。
「さあねえ」僕は言った。
「殺されちゃうのかな?」
「いや、多分ね、身代金を要求するつもりなんだよ」
「身代金?」
「うん。今頃きっと、僕とリョウくんのお父さんお母さんに、連絡を取ってると思う。『おたくのお子さんを誘拐した。返してほしければ、身代金として○○万円寄こせ』ってね」
「どうしよう、ユウくん」
「ん?」
「僕んち、お金ないよ……」
「うーん、借金とかすればなんとかなると思う」
「お父さんお母さんが僕のために借金なんてしてくれるかなあ?」
リョウくんの家の家庭の事情は、よくわからない。でも、彼の話を聞く限りでは、貧乏で息子に対してあまり愛着がないのかもしれない。
僕の家は金持ちというほどではないけど、貧しいわけではない。そして、多分両親は僕のことを愛している。だから、僕のためなら借金してでも身代金を用意してくれると思う。
「ううっ。ここから逃げ出さないと、僕たち殺されちゃうよ」
「逃げ出したいのは山々なんだけど……」僕は立ち上がると、ドアの取っ手を握った。押しても引いてもびくともしない。「鍵がかかってて開かないね」
内側からは開けられない、外から解錠しなければ開けられないドア。変わった仕掛けだと思う。まるで、人を閉じ込めるために作られたかのような……。
「外に出るためには……」僕は窓を指差した。「あそこからしかない」
「でも、僕たちじゃ全然届かないよ」
「うーん」
僕はよさげなアイテムがないか探した。
室内には飲食品が置いてある。パンとおにぎり、ペットボトルに入った水……。このペットボトル、使えないだろうか……。2リットルの四角いペットボトル二本。台がわりになる。
子供用の絵本がいくつか、それと分厚い図鑑もある。これで暇をつぶしてね、ということか。これも台になりそうだ。
後は……用を足すためのおまる。なかなか高さがある。
そして、リョウくん。僕と同い年だけど、僕より遥かに背が大きく、体重も重い。一方、僕は細くて背が小さい。あの窓を開けたとして、リョウくんでは通り抜けることはできないだろう。でも、僕ならいけそうだ。
……よしっ。
「リョウくん、いい方法を思いついた」
「なに?」
僕は作戦を話した。
最初、リョウくんは反対した。なぜなら、その作戦を実行に移せば、僕だけが外に出られて、リョウくんは助けが来るのをただひたすらに待つしかないからだ。
僕はうまいことリョウくんを説得した。リョウくんは単純でお人好しだ。いつも、いささか狡猾な僕に簡単に騙されてしまう。……いや、騙してるってわけじゃないんだけど。
やがて、リョウくんは了承した。
「必ず、助けに来てね」
「うん」僕は頷いた。
作戦、といっても単純なものだ。
壁際――窓の下に台を作って、その上に僕が乗って、窓を開けて外に出る。それだけのことだ。
まず初めにおまるを置いた。その上に絵本を三冊重ねて置いて、その上に倒した2リットルのペットボトルを二本並べる。さらに上に、分厚い図鑑を置いて、リョウくんが乗る。僕はリョウくんによじ登って、彼の肩に両足を置く。
「リョウくん、行くよ!」
「うん」
僕はぐっと力を入れてジャンプした。両手を上へ伸ばして、窓枠を掴んだ。渾身の力でよじ登る。僕の足をリョウくんは両手を伸ばして支えてくれる。
「んぐっ……」
僕は左手を伸ばして、クレセント錠を開けて、窓ガラスをスライドさせた。外の新鮮な空気が室内に入ってくる。寒い……。
「開いた!」
「ユウくん、頼んだよ!」
「うん」
僕は窓から外に出た。窓のサイズは小さく、僕でぎりぎりだった。リョウくんでは肩が引っ掛かるんじゃないか。
うまく着地すると、僕は正面へと回った。
ドアを押したり引いたりしてみるが、やはり開かない。鍵が必要なんだ。
「早く山を下りないと」
僕は走り出した。山を駆け下りる。ただひたすらに、がむしゃらに走り続ける。呼吸が苦しくなるけど、それを堪えて必死に走る。足が痛い。疲れた。でも走る。
途中で木の太い根っこに躓いて転んでしまった。そのまま、急な勾配をごろごろと転がり落ちる。あちこちを打ち付けた。
「う、ぐう……」
そして。
僕は気を失った。
◇
…
……
………
「おい、坊主」
僕は目を開けた。
一瞬、誘拐犯が僕を追いかけてきたんだ、と思ったけど、違った。彼らは猟銃を肩に担いでいた。多分、下の町の猟師とかだろう。三人組だ。
「大丈夫か?」
「……はい」
僕は起き上がろうとして――ズキッ、と足が痛んだ。骨折か捻挫か……。顔をしかめたので、彼らは僕が負傷していることに気づいた。
「足が痛むのか?」
「はい」
「どれ……骨折は……してないようだな。多分、捻挫だな」
「君は、こんなところで何をやってたんだ?」
はっ、とした。
僕は、僕は……どれくらい気絶していたんだ?
『今何時ですか?』と尋ねようとしたけど、僕があの小屋から脱出した時間がわからないのだから、聞いても無駄だ。
「僕たち、誘拐されたんです! 助けてください!」
一瞬、言葉の意味が理解できなかったのか、彼らは首を傾げた。しかし、すぐに『誘拐』という言葉に反応して、顔色を変えた。
「誘拐って本当か!?」
「はい」
「僕たちって言ったな。君以外にも誘拐された子がいるのか?」
「友達のリョウくんが、まだ小屋に――」
「小屋がどの辺にあるかわかるかい?」
「多分……」自信はないけど、頷いた。
一人が僕をおぶった。「小屋まで、案内してくれ」
僕と猟師さんたちは山を登った。一人が警察に電話して、誘拐のことを話した。警察も駆けつけてくれるらしい。
やがて、ずいぶん時間がかかってしまったけれど、小屋にたどり着いた。僕をおぶってくれている人以外の二人が、猟銃を構える。
「ドアには鍵がかかってるんだ」僕は言った。
一人が慎重に近づき、取っ手を握って引いた。
「おい……鍵、開いてるぞ」低く強張った声で言った。
それは僕を非難したのではなくて、誘拐犯が鍵を開けた――つまりは、小屋に戻ってきた可能性がある、と考えたからだろう。
ごくり、と唾を飲み込むと猟師さんがドアを開けて、猟銃を油断なく構えながら中に入った。そこで、何かを見つけた。
「あっ……」
「どうした!?」
「来るな!」
しかし、僕たちは中に入ってしまった。
小屋の中には――リョウくんの死体があった。ただ殺されたのではない。無残に、ボコボコに殴られて殺されたんだ。ひどい状態だった。
僕は気持ち悪くなった。吐きそうになった。
「ユウくん、助けに来てくれたの?」
声。声が――。
……え?
僕は猟師のおじさんの背中から降りた。
そして、リョウくんのもとへとおずおずと近づいていく。
「坊主、見ちゃ駄目だ」制止の言葉に、しかし耳を貸さない。
リョウくんの死体の上に、半透明のリョウくんが立っていた。人間は普通透けたりしないので、それはきっと幽霊なんだろう。リョウくんの幽霊。
「リョウくんなの?」僕は尋ねた。
「うん」リョウくんは頷いた。「助けに来てくれたんだよね。ありがとう、ユウくん」
「……」何も言えなかった。
「でもね、もう遅いんだ……」寂しそうに言った。「だって、僕、殺されちゃったから……」
「誘拐犯に殺されたの?」
「うん。僕の死体を見ればわかると思うけど、ボコボコに殴られて殺されたんだ。すごく痛かったよ……」
「ごめん……ごめん、リョウくん」僕は泣いて謝った。「山を下りる途中で転んで気を失っちゃって……それで時間が……」
「ううん。僕、ユウくんのこと恨んでないから、謝んないで」とリョウくん。「僕ね、最後にユウくんにお礼を言おうと思って――」
「お礼?」
「うん」とリョウくん。「僕とたくさん遊んでくれてありがとう。最後にそれだけ言いたかったんだ」
そして、すうううっとリョウくんの体がさらに透けていく。リョウくんは幸せそうに微笑んでいた。無残に殺されたっていうのに、悲しみを抑えて微笑んでいた。
「じゃあね、ユウくん」
「リョウくん!」
リョウくんの幽霊はいなくなった。
猟師のおじさんが警察に、リョウくんの死体を見つけたことを話していた。僕はおじさんに担ぎ上げられて、小屋の外に出た。そして、いろいろと慰められたけど、僕はその言葉をほとんど聞いていなかった。
ごめんね、リョウくん。
僕が気を失わなかったら、
僕が小屋を出なかったら、
こんなことにはなってなかったかもしれない――。
ごめんね、リョウくん。さよなら。
◇
その後、誘拐犯はあっさり捕まった。
小屋の持ち主が犯人だったのだから、素性はすぐに割れた。安いビジネスホテルに潜伏しているところを、御用となった。
僕は毎日、リョウくんのことを思い出す。……いや、忘れていないのだから、思い出すという表現は正確ではないかな。
リョウくんの両親は、娘に虐待をして逮捕された。リョウくんも両親に虐待されていたらしい。
『お父さんお母さんが僕のために借金なんてしてくれるかなあ?』
僕はリョウくんの両親が、『息子に対してあまり愛着がないのかもしれない』とあのとき考えたけど、『あまり』ではなくて『まったく』愛着がなかったんだと思う。それどころか、息子のことを嫌っていたかもしれないのだ。
両親に暴力を振るわれ、誘拐犯にも暴力を振るわれ――リョウくんは死んだ。なんて救いのない話なんだ、と僕は思った。
あのとき見た、リョウくんの幽霊――あれは、はたして本当にリョウくんの幽霊だったのか、それとも僕が勝手に作り上げた幻想だったのか。
大人に近づいていくにつれて、僕は現実的になっていった。幽霊なんて非科学的な代物は信じない――そう思いながらも、同時に僕はあれは本物だったのではないか、とも思う。
『僕とたくさん遊んでくれてありがとう』
その言葉が、僕が勝手に作り出したものだと思いたくない。
僕はまだ、元気に生きている。
いつまで生きられるかはわからないけど、リョウくんのもとへ行くのはずっとずっと先のことだと思う。
それまで、僕はリョウくんの分まで――彼が生きられなかった人生を背負って、頑張って生きていこうと思う。
助けに来てくれたの?ありがとう!でもね、もう遅いんだ…… 青水 @Aomizu
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