1/500のラブ・ソング
木野かなめ
第1話
ギターという楽器には、二つの演奏方法がある。一つは指で、もう一つがピック。ピックとはプラスチック製の道具であり、指を痛めないためにもギター弾きの大半がこの演奏法を採用している。だけど都築はいつも、指でギターを弾いていた。
「そりゃ、こっちの方が音いいもん」
放課後の音楽室。都築は毎日のように私を呼び出し、そしてオリジナルの曲や流行りの曲を一方的に聴かせて悦に至っていた。
「なんちゅーか、生音? ギターと俺が一つになってるって気がするんよ」
机に腰かけ、フォークギターを脇に抱える。私と都築が高校二年生だった時の初夏はひたすらに暑く、このエアコンかけ放題の音楽室をたいそう気に入っていたと記憶している。
「都築って、けっこうオリジナルの曲作ってるよね。何曲くらい作ったの?」
「どうだろ……40曲か50曲くらい?」
「すご。私、楽器はからきしだからなぁ。ギター弾けるのもすごいけど、オリジナル曲つくれるなんて素直に尊敬するよ」
「尊敬なんてしてもらえるほどじゃねーよ。俺、五線譜も読めないしさ」
「えっ、そうなの?」
後で知ったことなのだけど、都築が読んでいたのは『タブ譜』という楽譜らしい。音楽では複数の階位の音を同時に鳴らすことを『和音』とか『コード』というのだけど、このコードだけが書かれているシンプルな楽譜をタブ譜というのだ。たとえばド・ミ・ソと音が流れたとしても、ドミソを全て含んだ和音Cで弾けばこの音の流れを全て押さえることができる。
「じゃ、次の曲弾いていいかな?」
「うん」
都築が足を椅子に乗せ、ギターの傾きを固定する。私はこの十年来に渡る幼なじみの勇姿をじっと見やりながら、セーラー服の襟の部分をつまんでパタパタとやった。「サービスだぞう」とからかっても、「いらねー」と無駄なしかめっ面をされる。
音が流れ出した。
黄色い音だ。私たちが歩んでいく道筋なんてちっとも見えなくて、輪郭すらも描かれていなくて、なのに都築が簡単なコードで紡ぎ出すその音には強いともしびがあった。私はその歌を聴くのが嫌ではなかった。うるさいなと思うこともあったし、嫌ではなかったと思うこともあったのだ。
弦の振幅が織り成す短い物語を、私はすました顔で聴いている。
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