第14話
大学の正門を潜ると、隣を歩む美玲はぎこちなさそうに周囲へ首を振っていた。
そんな彼女を横目で見やる。
黒に染まったレザー生地のミニスカートに、フィット感のある赤色のリブニットをインさせ、首元には小さなハートのネックレスを飾り、綺麗な素足の先にはトラックソールのブーツを履いている。
今時の高校生にしては大人びた服装だ。
化粧を施した美玲は控えめに言って可愛さの塊でしかないが、大学生が高校生に向かってそれを口にするのは少しばかり憚られた。
「……そんなにきょろきょろしなくても大丈夫だよ。高校生でもカフェくらい利用できるから」
僕は頬を掻きながらそう言う。
「で、でも……いざこうして来てみると緊張してしまって……」
「それくらい平気だって息巻いていたくせに」
「むう、意地悪なこと言いますね、モテませんよ?」
「生憎とモテる必要はないから」
「ふーん……」
彼女の叔母の前で偽恋人の関係を演じ終えるまでは、僕が異性から好意を寄せられる必要も、本物の彼女を作る理由もない。
はたして虚無の僕に恋心なんて立派なものが生まれるかはさておき、自分に彼女ができるということはすなわち、美玲が自立し家を出ていくことを意味する。
それは少し寂しいな、なんて。
寂寥感を胸内に抱いていると、美玲が悪戯な笑みを浮かべて下から覗き込むように僕を見た。
「瑞季さんが考えていること、当ててみましょうか?」
好きにして、という僕の言葉を待たずして、美玲は人差し指を顎につけてあざといポーズを取った。
「可愛くて大好きな美玲がいなくなるのは寂しいな……ですよね?♡」
僕の声色を真似してからかう姿は、はやりというかドSのそれだった。
妙に言い方が似ているのも腹立たしいが、心の奥を見透かされた気分になって反論できずにいると、美玲は歩きながらコクリと僕の肩に頭を預けてくる。
「そんな瑞季さんにご提案です。私が自立できないようなわがままでろくでなしなダメ人間になったら、もれなく一生保護者になれますよ?」
「……有咲さんに顔が立たないからだめだよ」
「口ではそう言っていますけど、だめだと思ってるように見えませんよ」
「さっきまで挙動不審だったくせに、人格変わりすぎでしょ……」
「てへへ、瑞季さんが可愛かったのでつい」
どこが可愛いのかは理解に苦しむが、堅苦しさが取れたので良しとした。
***
緑の芝生や木々に囲まれた建物の中の一角、その小さなカフェに入ると、休日ということもあって店内は比較的空いていた。
時間を労せず席を確保すると、美玲はメニュー表よりも内装や窓ガラス越しの景色に目を光らせた。
大学の敷地内を散策する機会など高校生の彼女にあるはずもなく、初めての体験に胸を躍らせるのも無理はない。
「僕はコーヒーを頼むけど、美玲はココアでいい?」
「は、はいっ、それでお願いします」
我に返った美玲は無邪気な姿を振る舞ったのが恥しかったのか、髪の毛先を指で弄りながら姿勢を正した。
飲み物の他にも小腹を満たすためにサンドウィッチやケーキを注文すると、美玲はじーっと目を細めて咎めるような視線を送ってくる。
「……こんな素敵な場所に他の女性と来るなんて、浮気じゃないですか」
「素敵な場所もなにも、ただの大学にあるカフェだからね? いや、お洒落だしご飯も美味しいし人気な場所なのは間違いないけど」
「浮気の言い訳ほど見苦しいものはありませんね!」
「君は僕の彼女かなにかか!?」
「そうですけどなんか文句ありますかっ!? 仮とは言え、私たちはこ・い・び・となんですから! 彼氏を監視して束縛して飼い殺しにするのは彼女の義務です!」
「そんな義務があってたまるか!」
平然と言って退けるので、反射的に否定してしまう。
店内の客入りが少ないことが幸いしたのか、衆目の的になることはなく、店員さんに微笑ましく見守られるだけで済んだ。それでも羞恥心を覚えたことに変わりはないが。
注文した品が届くと、美玲は行儀よく手を合わせてからフォークを手にした。
「このシフォンケーキ、絶妙な甘さで美味しいですっ!」
「口に合ったようでなによりだよ」
美玲は舌鼓を鳴らして満足そうな顔をする。
以前琴葉が美味しいと太鼓判を押していたのを思い出して頼んだのだが、その仔細はあえて口にしなくてもいいだろう。
僕もサンドウィッチを口に運ぼうとすると……、
「――あれ、やっぱり瑞季くんだ。こんにちは」
新たに少数で来店してきた中の一人が、僕らが座るテーブルを通り過ぎる直前に歩みを止め、こちらに声をかけてきた。
「こんにちは。まさか美波と昨日の今日で再会するとは思ってもみなかったよ」
明るい茶色の髪を揺らして、美波は「へへっ」と気前よく笑った。
「瑞季くんは、えっと、デート中?」
美波は僕と美玲の顔を交互に見やって、首を傾げた。
昨日の今日で、琴葉のことはどうしたんだ、と。
彼女の表情からそう読み取ることは容易かった。
「ああ、まぁそんなところかな……。美波こそ、なんで休日に大学来ているのさ」
肝心な部分は濁しつつ、迅速に話題をすり替える。
「そ、その、非常に申し上げにくいのですが……単位ギリギリで補講に……」
「美波っぽいといえば美波っぽい理由だね」
「うんうん……って、それどういうこと!? 昨日知り合ったばかりなのにもうあたしの印象最悪じゃない!? バイトのシフトを間違えて組んじゃっただけだから!」
「うん、やっぱり印象通りじゃない?」
美波は返す言葉がないのか、「うぅ」と涙目に口先と尖らせる。
やや演技じみた可愛さすら彼女の明るい特徴の一つだろう、そんな仕草すら微笑ましく思っていると、美波はハッと何かを思い出したのか鞄からスマホを取り出した。
「昨日連絡先聞けるタイミングなかったからさ、よかったらライン交換してほしいな!」
「そんなことでよければ――」
「(じーーーーっ)」
対面の席からただならぬ不穏な気配を感じたが、同じ大学に加えて飲み会に出席した手前、ここで断るのは色々と体裁が悪いだろう。
仮とはいえ恋人の彼女には申し訳ないが、僕はすんなりと連絡先の交換を受け入れた。
「ありがとー! これ以上お邪魔するのも悪いし、ここいらでお暇させてもらうね! 瑞季くんまた連絡するから!」
「うん、また」
美波は屈託のない笑顔で軽く手を振り、友達の席へ合流していった。
「……なんだか、嵐のような人でしたね」
「まあ、否定はしないけど」
「それと――なにか言わなきゃいけないこと、あるんじゃないですか?」
美波とは対照的に、美玲は屈託に塗れた笑みで僕を見つめた。
可愛らしく唇の端を持ち上げているくせ、細めた目は微塵も笑っていない。
彼女は催促するように――コツンッ――僕の脛を爪先で小突いてきた。
「……ごめん、断りにくい相手だったから」
背筋が凍る思いに、僕は降伏の旗を上げた。
「言い訳不要です。なるほど、私のことを放っておいてあの方と仲睦まじく夜遅くまでお酒を交わしていたわけですね! しりませんっ!」
「い、いや、そういうわけではないけど……」
「瑞季さんのばーーーかっ!」
完璧に拗ねてしまったのか、美玲は頬を膨らませて外方を向いてしまった。
お店の退出間際、美波が申し訳なさそうに遠くから手を合わせていたことはまた別の話だ――。
宝くじを当てた平凡な大学生の僕は、事故で家族を失った女子高生と同棲を始めたのだが、なぜか彼女が執拗に迫ってくる。 にいと @hotaru2027
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