第13話 飲み会とホテル5
「――それでは、家族会議を始めます」
と、ベッドの端にお尻を付けて座る美玲は、床に正座している僕を見下ろしながら宣言した。
時間が経つにつれ腸が煮えくり返るほど負の感情が暴発したのか、あるいは正午を回って起きた僕が気に入らなかったのか、はたまた別の要因があるのか定かではないが、こちらを睨む美玲は鬼の形相をしていた。
窓から差し込む光に目を眩ませつつ、僕は茶々を入れる。
「家族会議ってことは、僕と美玲は結婚するのかな?」
「べ、別にそういうわけじゃないですっ! それに世間の体裁では同居している恋人ってことになっているんですから、実質家族と言っても差し支えないと思いますっ!」
少しでも気が逸れればと甘い立案をしたのが間違いだった。
過剰な怒気を孕んだ視線が僕を突き刺した。
「そういう横槍は私の機嫌を収めてからにしてください」
「すみませんでした……」
「素直でよろしいです」
美玲は腕を組んで、「それで」と本題に入る。
「どこでなにをしていたら、私の連絡に気づかず夜中の三時近くに帰ってくることになるんですか?」
実に難しい質問だ。
ありのままの真実を告げることは容易いが、はたしてそれでいいのだろうか。
否、いいわけがない。
大学の友人と品行の悪い関係を保っているなど口が裂けても言えない。僕を軽蔑して美玲が家を出て行ってしまったら、彼女は行き場を失う。県外に引っ越して今の友達とも離れ離れになってしまう。
美玲を傷つけること、有咲さんの信頼を無碍にすることはどうしてもできなかった。
それなら、はなから琴葉と淫らな行為に至らなければいいという話なのだが、もはやお互い引き返せない関係まで進んでしまった。
僕は琴葉を、琴葉は僕を無意識に必要としてしまっている。
これが俗に言う”両依存”なのだろうか。
セフレという関係を上手く言い換えただけだが、好き、恋などとは別の感情なのは確かだ。
「えっと……飲み会仲間と夕方からカフェで待ち合わせして、適当に時間を潰した後にサークルのメンバーと合流して、そこから何件も梯子させられたって感じかな……その場の雰囲気的に断りづらくて、いわゆるアルハラってやつ」
この嘘は墓場まで持ち帰ろうと決意して説明する。
美玲に嘘をついたことにより、罪悪感が肩に重くのしかかった。
「……ほんとにそれだけですか?」
「うん。ごめん、人の頼みを断るのが苦手で」
美玲は僕の内情を知っている。これ以上余計な詮索はしてこないだろう。
「わかりました。じゃあ最後に一点だけ、カフェで待ち合わせしていた人は女の子でしたか?」
「……質問の意図がわからないんだけど、男や女の違いで――」
「いいから答えてください」
「……女友達です」
言葉を遮って答えを催促されたため、つい敬語になる。
美玲は「そうですか」と無機質な声を発して、床に正座する僕の膝を爪先でちょんと小突いてきた。半ば蔑むような視線で見下ろしてくる。
見る者が見ればご褒美だと感じるのかもしれないが、僕は背筋が凍る思いだった。
「その、美玲……女って答えることと、さっきからずっと蹴られてることと、なにか関係があるのかな……?」
「いえ、不満を発散しているだけです」
「つまり八つ当たりと?」
「そうとも言います」
やめてくれと懇願したいところだが、今回ばかりは僕が全面的に悪いので泣き寝入りするしかない。
黙って蹴りを受け入れること数分、不承不承な様子で美玲が妥協案を掲示してきた。
「……私にもそのカフェ、連れて行ってください」
「それは構わないけど、大学内のカフェだよ? 美玲は肩身が狭いと思うけど大丈夫?」
「そ、それくらい平気ですっ! 仮にも恋人である私を差し置いて、私が行ったことない場所に他の女性と行くなんて許せません、ふんっ」
「……了解、じゃあ今から支度しようか」
「もちろんですっ!」
どうやら一件落着か。僕は安堵のため息を吐くと、美玲は首を傾げて「あっ」と声を上げた。
「二日酔いですよね、頭痛いですよね、カフェはまた今度でいいですよ」
「いや、思ったより痛みもないし特に支障はないよ」
「それならいいですけど……」
ため息が頭痛の現れだと勘違いしたのだろう。
美玲はなにかを思い出したようにリビングへ移ると、小さな紙袋と水を手に戻ってきた。
「二日酔いの薬です。飲んでください」
「これ、わざわざ買いに行ってくれたの? 手間かけさせてごめん、ありがと嬉しいよ」
「……住まわせてもらってる身ですから、これくらいはさせてください」
本当に気が利く子だと再認識させられる。
純粋無垢な子だからこそ、嘘が露呈した代償は大きく伴うだろう。
僕は二日酔いの薬を飲んで、美玲の頭をぽんぽんと撫でた。
「住まわせてもらってる、じゃないでしょ。ここは美玲の家でもあるんだから」
「…………はい」
美玲はほんのり顔を赤らめて、逃げるように洗面台へ走っていった。
……また琴葉に誘われたらどうするか。
長年こびりついた考えなど変わるはずもないのに、そんなことを悩ませながら僕は着替え始めた。
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