第3話 JK邂逅3
「……それなら、僕の家に引っ越すか?」
「……ふぇ?」
案出を口に出して、僕は後悔の念に駆られた。
美玲を視界の端に追いやって、頬を掻く。
知り合って一時間にも満たない女子高生と同棲など、それこそ宝くじを当てるくらい有り得ない話だ。
「……その、他に誰か居れば、寂しさを感じることもないし……それに、ここなら学校も転校せずに済むかなと思って……えっと、変なこと言ってごめん……」
僕はしどろもどろに言い訳を重ねて、謝罪を述べる。
美玲は虚を付かれた提案に驚倒し、開いた口が塞がらずにいた。
「い、いえ……ちょっとビックリしただけなので……」
美玲は黒真珠の澄んだ瞳を瞬きさせて答える。
「そっか、よかった……他の人なら軽く罵声を上げてたところだよ……」
「瑞季さんが真剣に考えていたの、伝わってきましたから」
「ちなみに、僕が邪な考えをしていたら?」
「キッチンの包丁をお借りしていました!」
「真っ先に包丁が出てくるあたり、やっぱり君はメンヘラだよ」
美玲は「む」と口を窄めて、コツンと僕の脛を優しく蹴った。
「否定できないのが悔しいです」
思い当たる節があるのか、と僕は頬を引き攣らせる。
「いざ同棲するとなったら、ちょっとめんどくさそうだなとか思いませんでした?」
「ソンナコトナイヨ」
「じゃあなんで片言なんですか、まったく……」
美玲は残りのココアを飲み干して、舌で唇を一周した。
「……でも、瑞季さんが私と本気で向き合ってくれて、嬉しかったです。こんな風に私を諭してくれる人、いなかったので」
「はいはい、それはどうも」
「あれ、ちょっと照れてます?」
彼女は口の片端を吊り上げて、にたりと笑みを浮かべる。
目を細めて揶揄する様は、どこか小悪魔を想起させたが、やや表情が固い。それが無理な作り笑いだと察するのは簡単だった。
「……ムカつく、美玲だって身の丈に合わないピンクの下着つけてるくせに」
「ぅぁ〜〜〜〜、み、見たんですか!?」
「……そりゃ、雨に濡れて透けてたから」
「包丁ください!」
「そんな正々堂々とした殺害予告があってたまるか!」
僕は声を荒げて反抗すると、美玲はプイっと外方を向いてしまった。
だが、きっと、こんなやり取りも今日で終わりだ。
美玲は僕の提案に了承も否定もしなかった。
僕に顔を立たせるため、話を無かったことにしたのだろう。
彼女は僕の与り知らないところで何かを拾い、何かを捨て、道を進むのだ。
結局のところ、僕は美玲に何もしてあげられなかった。
「…………僕は、無力だな」
「……? なにか言いました?」
「いや、なにも」
ふと、着信音が鳴る。
素早く電話に出ると、車のエンジン音と共に「○○交通ですが」と運転手の声が届いた。どうやら家の前に到着したようだ。僕は短く「わかりました」と返事をして通話を切る。
「だってさ」
「わかりました」
美玲は腰を上げて、玄関に進んだ。
ローファーの踵に人差し指を引っ掛けて、靴を履き終えると、彼女は僕の方に体を向けた。
これでお別れだ。
「なーに寂しそうな顔してるんですか?」
僕の俯く顔を覗き込むように、美玲が上半身を前傾させる。
「そんな暗い顔しないでくださいよ。私の連絡先を教えますから」
「いや、え……?」
「ほら、時間ないですから、早くスマホ出してください」
指示されるがままスマホを取り出すと、美玲はLINEを開いて友達の追加をする。『Mirei』という名前の後に包丁の絵文字が付いていて、なぜか背筋が凍った。
「これでよし、っと……それでは、ありがとうございました」
「気を付けて帰るんだよ」
「えへへ、はい。おじゃましました」
美玲はペコリとお辞儀をして家を出る。
ぱたん、玄関の扉が閉められると――寂寥感が部屋の中を満たしていた。
***
あれから二日が過ぎた。
別れ際に連絡先を交換したが、お互い文章を送ることはなかった。
美玲は葬儀で時間と心に余裕が無いだろうし、僕もわざわざ連絡を入れようとは思わなかった。
「……はぁ」
ため息が溢れる。
やるせない気持ちが押し寄せて、昨日からベッドで怠惰な時間を過ごしていた。
カーテンから差し込む茜色の光に目が眩む。
僕の空虚な心は、別の何かで塗り替えられてしまった。
なんだか、すごくモヤモヤする。
この筆舌に尽くし難い気持ちはなんだろう。
丸二日かけて自問自答を繰り返したが、未だに答えは見つかっていない。
僕が額に手の甲を押し当てて苦悶していると――プルルルル、スマホが静寂を切り裂くように着信音を鳴り響かせた。
その着信相手を見て、僕はすぐに応答ボタンを押す。
『え、レスポンス早すぎませんか?』
美玲の驚いた声が届いた。
『……ははー、なるほど、そういうことですか。瑞季さん、私から連絡がなくて寂しかったんですね』
次いで、弾んだ声色が耳元に響く。
「そんなわけないだ――……」
――ないだろ。
そう言い切れなかった。
なんでだ、どうして……僕はもしかして、寂しく感じていたのか……?
「こほん……それより、急にどうしたんだ?」
僕は慌てて咳払いをして、用件を訊ねた。
『はい、先ほど一通り葬儀が終わったので、その報告です』
「そっか……よく頑張ったな」
『っ……それ、ズルいです……』
「なんのことだよ」
『別になんでもありませんっ!』
唐突に怒声を放たれて、スマホを反射的に耳から遠ざけた。
『それと、私の叔母が今から瑞季さんに会いたいと言ってるんですけど、大丈夫ですかね……?』
「はい……? いや、なんで?」
『話すと少し長くなるんですが、叔母に私が瑞季さんとお付き合いしていて、離れ離れになるのは嫌だから、同棲させてほしいって頼んでみたんです』
「はっ!? え、いや僕たち付き合ってないよね? ちょっと理解が追い付かないんだけど……」
『それは作り話です。付き合ってもない人と同じ家に住むとか、流石に無理あるじゃないですか』
「待って、そもそも同じ家に住むって……?」
『瑞季さんが引っ越してくるかって誘ったんじゃないですか。もう言質は取ってますからね!』
いや、確かに口に出したが……。
美玲は僕の提案を遠回しに否定していたのでは、ないのか……?
「嘘、だろ……」
『今更ダメとか言わないでくださいよ?』
「もちろん、自分の発言に責任は持つけど……でも、美玲はいいのか?」
『よくなかったら、電話なんてかけてません』
力強い声が室内の温度を熱くする。
美玲が本気なのは痛いほど伝わってきた。
その真っ直ぐな台詞が何よりの証左だ。
なら、彼女に道導を授けた僕は、美玲と向き合う義務がある。
「……わかった、どれくらいで着く?」
『一時間後くらいには』
「ん、それじゃ、また後でな」
はい、と美玲の嬉しそうな声を最後に通話を終えた。
本当に、我ながら妙な事になったと思う。
「――早く準備しないとな」
僕は部屋の掃除から取り掛かることにした。
________________
あとがき失礼します!
3話まで読み進めていただいた皆さま、ありがとうございます!
フォローやレビュー、ハートを頂いて嬉しい気持ちでいっぱいです!
さて、ここまでは少し暗い部分もありましたが、あと1~2話後から甘々な話をお送りできればいいなと思っています!
引き続き、応援していただけると幸いです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます