我が友人の結婚に別れの言葉を捧ぐ

平賀・仲田・香菜

我が友人の結婚に別れの言葉を捧ぐ

 まったくもって憂鬱。ご祝儀を用立てて、ドレスも新調した。おかげさまでしばらくは自炊とお弁当生活に決定。新しい靴だから踵も痛い。こんな気分じゃあ目の前に広がる前菜が彩り豊かで好物ばかりだったとしても素直に喜べないというもの。


「そりゃあ、美味しいけどさ」


 マリネもカナッペも、名前も知らない初めて見る料理も全部美味しい。私好みの味付けと言わざるをえない。

 でもね、こんなことじゃあ私の気分は上がらないからね。

 だってそんな素ぶりなんて微塵も見せてなかったじゃない。いつも通り、あの子のアパートに遊びにいったら『この人と結婚する』なんて急に言われた私の気持ちを考えたことがあるのかしら。いくら貴方が天真爛漫に明朗快活な未来の旦那を紹介されても、私は吃驚仰天だというもの。

 本当に貴方は昔から変わらない。いつも突然に私を振りまわして、周りに迷惑をかけて、私が謝って。まあ、私も楽しかったし? 大人になっても、三十歳になった今も変わらなかったし? ずっと変わらないと思っていたじゃないの。

 でも、これからは変わっちゃうのかな。寂しいなんて言いたくはないけど。あ、このパンも凄く美味しい。

 あら、二人が入場してきた。まったくさあ、幸せそうな顔しちゃって。付き合いは長いけどあの子のあんな顔見たことない。ふーん、そういう顔もする訳ね。しかしワインが進むことよ。私にはちょうどいいボディでとっても飲みやすい。


 主賓の挨拶に乾杯、そして入刀。よくある流れ。はっきり言って退屈。料理だけが楽しみになってるもの。だけどどれも美味しいし私の好みに丁度いいから仕方がない。まあ、ご祝儀だって安くないんだから当然と言えば当然なんだけど。

 はいはい、スピーチね。任命されたからには真面目に無難にやるのが私。いっちょう泣かせてやりますか。


 ───

 ──

 ─


 スピーチは喉が渇いて仕方ない。緊張だってするし喋り通しなんだもの。汗もかくし、まさかあの子じゃなくて私が泣くとは夢にも思ってなかったもの。あら、席にミネラルウォーターが置かれてる。気が効いているじゃない。助かるわ。それにメインディッシュも配膳されてる。疲れて食べられなくなると思っていたけど、存外軽そうなお魚だから大丈夫そう。美味しい。

 次はなに? ブーケトス? 外に出るの? まったくもう、せわしない。空も曇り空で今にも雨が降りそう。わざわざジューンブライドに拘るからよ。興味ないし、ガラじゃないわ。私は不参加でいいの。こっちの端っこでワインを飲んで見物してるわ。

 見たことがある顔もちらほら。縁起や迷信なんて本気じゃないんだろうけど、みんな必死ね。せいぜい頑張ってブーケを手に入れてね。ブーケトスに精を出すよりも婚活に力を入れればいいのに、とは思っても口に出さないわよ。私だって未婚で同じ穴のムジナだし、いい大人だから。だから私はここでワインを呷るだけでいいの。

 あっ、投げた。ずいぶん高く投げるものね。ていうか今日風強くない? みんなちゃんとキャッチできるのかしら。うん、ちゃんと取れたみたい。よかったよかった。拍手拍手。

 あれ? 私のワイン、花びらが浮いてる? さっきの突風でブーケから溢れたみたい。毒がある生花なんてブーケに使わないだろうけど……変えてもらおうかな。急に眩しい。雲に切れ目ができて日が差し込んできた。


「……はあ。そういうことなのよね」


 今日の披露宴に関して私は気付いちゃったもの。料理や装飾、普通は主役の二人が好きなものを選ぶんだろうけど、あの子は私が気にいるような選択をしていたってことに。あの子は私が楽しんで、私に心からおめでとうって言って欲しかったってことに。

 わかってるよ。後で私の本気の言葉を送るから覚悟してね。今度こそ泣かせてあげるんだから。

 ええい! 花びらごとワインを飲み干してやった。元はブーケだし何かご利益でもあるかしら。いい加減に私があの子離れしないたね。別々の道を私とあの子で進んでいって、めいいっぱいの幸せを私もあの子に自慢してやろう。

 今日は本当におめでとう、そして、さようならを捧げます。

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