挿話 極秘ミッション! 来人の看病をせよ!

 ――シンシンッ


 これはとある雪の日、村長である来人はいつも通り壁の修復を行っていた。

 

【壁っ!】


 ――ズゴゴッ


 オリハルコンの壁とはいえ無敵ではない。

 こうして定期的に補修や建て替えをしなければ異形の侵入を許してしまうだろう。


「うー、寒い。ねぇ、ライトー。まだ終わらないのー?」


 夫を急かすように妻の一人であるリリは話しかける。

 そのリリの格好だが、ニット帽にマフラー、インナーは二枚、さらに毛糸のパンツまで穿いており防寒はバッチリだった。

 つまりそれほど寒くないのである。


「ん? 俺はもう少しかかるよ。先に帰っててもいいぞ」

「う、ううん。やっぱり待ってるね」


 リリは本日の自分の仕事は終わっている。

 なので夫を手伝う……という建前で来人に会いにきた。

 あわよくば彼の仕事が早く終わるのであれば家に帰ってイチャイチャしたいなとも思っている。

 

(今リディア姉はお腹の中に赤ちゃんがいる。アーニャ姉とシャニ姉はまだ仕事のはず。今家に帰れば二回……いや三回は出来る。一緒にお風呂に入る時間もあるかも)


 なんてことを考えていた。

 なのでリリは来人の仕事を全力で手伝うことに!


「ライト! あそこ! 少し壁が歪んでる!」

「根元が少しだけ傾いてる!」


 極僅かな異変を見つけては来人に知らせ、効率的に補修を終えることが出来た。

 これで村長としての本日の業務は終了となる。

 

 リリは来人と手を繋ぎ、自宅に戻ろうと言おうとした瞬間……。


「へーっくしょいっ!」

「うわ、どうしたの?」


 来人がくしゃみをしたのだ。

 気づいたのだが、握る彼の手は冷たく、そして震えている。


 リリは夫に顔を近づけるように伝え、彼が腰を落としおでこをくっつける。

 熱い。普通の体温ではなかった。


「具合悪いの? すごく熱いよ?」

「んー。そうかも。なんか鼻水も出てきたし……。風邪かな?」


「すぐに帰ろ!」

 

 リリは来人の手を引いて自宅に戻る。

 その道中、夫はずっとくしゃみをしていた。


(心配だね……。さっきより顔色も悪くなってきた)


 自宅に着くとリディアが笑顔で二人を出迎えてくれる。


「お帰りなさ……。あれ? ライトさん、どうしたんですか?」

「なんかね、具合が悪いみたいなの。リディア姉、お薬を出しておいてくれる?」


「う、うん。リリはライトさんを寝室に連れていってね」


 彼女は来人に肩を貸して寝室に向かう。

 ベッドに寝かせつつ、夫の上着を脱がすのだが。

 リリはつい思ってしまったことを実行してしまう。


 ――スゥゥゥゥッー!


「リリさん? なにしてんの?」

「はぇっ!? つ、ついライト臭を嗅ぎたくなって! す、すごくいい匂いだね……」


「ライト臭って……」


 つい夫が着ていた服の匂いを嗅いでしまった。

 これは匂いフェチであるリディアから聞いたものだが、夫である来人からはとても安心する匂いがすると。

 確かに体を重ねる度に夫に匂いは嗅いでいたが、こうして改めて匂いを嗅ぐと癖になるような感覚に陥る。


「い、今お薬を持ってくるから」


 とリリは来人の上着をクンカクンカしながら寝室を出ていった。

 そこでちょうどリディアと出会う。


「あら? ふふ、とうとうリリもその匂いに気づいちゃったのね?」

「リ、リディア姉!?」


 見られてしまった。

 寝室を出たリリはその場で夫の上着の匂いを嗅いでいるのを。

 リディアはリリから上着を受け取り匂いを嗅いでみる。


「ん……? やっぱり具合が悪いんだね。いつもと違う匂いがするもの」

「そんなこと分かるの!?」


 リリは驚いた。

 いくら妻達の中で来人と一番付き合いの長いリディアだが、そんなことまで理解出来るのだろうか?


「ううん、アーニャとシャニもそこまでは分からないんだって」

「普通そうだよね。でも改めて嗅いでみるとすごくいい匂いだね」


「ふふ、まだ甘いわね。ライトさんの体の中で一番いい匂いがするのはね……」


 ――ゴクッ


 リディアの言葉に思わず生唾を飲む。

 興味津々なのであった。

 しかしそこでタイミング悪くアーニャ達が帰ってきてしまった。

 

 リディアは二人に来人の具合が悪いことを伝え、一人寝室に入っていった。

 その様子を見るために三人はドアを少しだけ開けて覗いている。


「あ、リディアさん。お薬を……」

「さすがリディア姉。口移しで飲ませるとは。後で真似をしてみましょう」

「す、すごいテクだね。あれ?」


 そしてリリは気付く。

 口移しで薬を飲ませた後、リディアは来人の首に顔を埋め、思いっきり深呼吸をしていた。

 アーニャ達は不思議そうにその光景を見ている。

 二人も来人の一番いい匂いがする場所を知らないのだろう。


「あ、あのね、ちょっと来てくれない?」


 と二人を二階の自室に誘う。

 そしてリディアに聞いた来人の一番いい匂いがする場所を話すのだった。


「そ、そんなにいい匂いが……」

「私はライト殿に聞いたことがあります。あの方の世界では愛玩動物の匂いを嗅ぐことを吸うと称するようです。つまりリディア姉がしていたのはライト吸いということですね」


 ライト吸い……。

 二人はシャニの言った言葉を興味津々であった。

 もう吸うしかない。

 三人は体が熱くなりつつ、来人の様子を見に行くことにした。

 ちょうどリディアが薬を飲ませ終えて部屋から出てくる。

 たっぷりと来人を吸ったのだろう。

 リディアはちょっといっちゃった顔をしていた。

 

「ふぅぅ……。吸ったわぁ……。すごく吸ったわぁ……」

「リ、リディア姉……」


 リディアはフラフラとした足取りで、そして満足そうな顔をしつつリビングに向かい、ソファーに倒れた。

 

 ――ゴクリッ


 三人は生唾を飲む。

 匂いだけであんなに気持ちよくなれるのだろうか? 

 我が夫ながら恐怖と共に、それ以上の期待を感じている。

 そして三人は寝ている夫のお見舞いに向かう……のは建前で、来人吸いにチャレンジしてみることに。


 まずはアーニャが。

 首筋に顔を当て、そして大きく息を吸い込む!


「スゥゥゥゥッー。あ、あぁん……」


 ――ドサッ ピクピクッ……


 来人吸い初心者のアーニャには刺激が強すぎたのだろう。

 来人臭の過剰摂取オーバードーズである。

 

 次はシャニが来人の前に立ち……。


「リリ、アーニャ姉を頼みます。やはりアーニャ姉は一般市民の出。ですが私達は違います。訓練としてあらゆる毒物に耐性があります。ここは私達が試すべきでしょう」

「シャニ姉……」


 リリは理解している。

 アーニャを自分に託すことで来人吸いの順番を無理やり勝ち取ったのだと。

 だって尻尾が元気良く振られているのだから。


(ずるい! で、でもアーニャ姉は放っておけないし)


 仕方なくリリはアーニャを引きずりリビングに連れていった。

 リディアは相変わらずソファーに横になりつつトリップしている。


 アーニャをソファーに寝かせた時に聞こえてきた。

 それはシャニの悲鳴に近い声であった。


「あひぃぃぃんっ……」

「シャニ姉!?」


 寝室のドアを開けると、そこにはアヘ顔をして倒れるシャニがいた。

 アーニャと同じ症状であった。

 

 リリは思う。来人吸いはゆっくり慣れていかないと危険だ。

 でもちょっとだけと思い、つい来人の首筋に顔を近づける。

 

(あ……。い、いい匂い……。もうちょっとだけ……)


 そしてリリは……。


 ――スゥゥゥゥッー! スゥゥゥゥッー!


 思いっきり嗅いでしまった。

 

 そして数時間後。

 

 来人は熱が下がり目を覚ました。

 だが異常な光景を目にする。

 寝室ではリリとシャニが。

 リビングではリディアとアーニャが倒れていたのだ。


「み、みんな、大丈夫か!?」


 来人は看病されるどころか、妻達四人の看病をすることになってしまった。

 そして妻達は過剰な来人吸いは危険なので、もうやらないようお互い約束しあうのだった。



 

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