第201話 ヒカリ
ソラが産まれて三ヶ月。
リビングではアーニャがソラのオムツを取り替えたり、ミライが遊びにきたテオにいたずらしたり、ジュンが飲みかけたミルクを盛大に溢すなど我が家は賑やかそのものだ。
「猫ちゃん、かわいいのー」
「ニャー。鼻の下をウニュッて押しちゃ駄目なのニャ。シャーッて怒っちゃうニャー」
なんてことをテオは言うが、実際に怒ったことはないんだよなぁ。
っていうか、テオって毎日のように遊びにきてるんだけど。
「暇なのニャ」
「働けよ」
と突っ込んでみるが、テオも長年王様として頑張ってきたんだ。
引退した今くらいゆっくりしてもいいのかもな。
「邪魔するぞ。アーニャよ、ソラを抱かせてくれ」
「は、はい。セタ様」
なんか魔王セタも遊びにきたんだけど。
「おー、ソラは可愛いなー。ソラよ、私のことをバァバと呼んでも構わないのだぞ?」
「だー」
「ずるいのー。私も遊んで欲しいのー」
「おばあちゃん、抱っこしてー」
ミライとジュンもセタのことを肉親だと思っているらしい。
その人、魔王様なんだけどなぁ。
セタはジュンを抱っこしたままソファーに腰をかけるリリの前に立つ。
「大きくなったな。もう産まれるのではないか?」
「ふふ、多分もうすぐです」
「しかし今でも信じられん。王都最強の暗殺者と発明王に子供が出来るとはな」
「えぇ。私も今でも夢じゃないかって思う時もあるくらいですから」
さすがにリリはTPOをわきまえているようでセタの前では俺と話すような口調ではない。
むしろリリにとってこちらの話し方が自然なのかもしれない。
だから時々無理をさせてるんじゃないかって思う時もある。
その後とセタとテオは帰ることはなくしっかりと夕食を食べていくことになった。
楽しいから別にいいんだけどね。
――その夜。
今日はリディアと眠る日なのでミライが寝たのを確認してから静かにベッドでイチャイチャする。
起きるなよ、目を覚ましたらちょっとトラウマになるかもしれんからな。
リディアは声が出ないように必死に口を押さえているが、それがまた色っぽくて興奮してしまうのだ。
さぁ本番!……といったところで。
――コンコンッ
むむ? なんだ、この時間に。
俺はパンツだけ穿いてドアを開けるとシャニがいた。
混ざりたいのかな?
「いえ、混ざりたいのは本当ですが、来て頂きたいのです。リディア姉も。陣痛が始まりました」
「そうか。リディア、すまん。続きはまた今度だ」
「はい!」
リディアも気持ちを切り替えたようだ。
急ぎ服を着てリリの部屋に駆け込む。
すでにアーニャがリリの面倒をみていた。
「うぅ……。い、痛い……」
「リリ、しっかりするのよ。ほら、ライト様が来てくれたわ」
リリのもとに向かう前にシャニが小声で話しかけてきた。
「難産になる可能性が高いです。リリはあの体ですから。最悪開腹手術をしてヒカリを取り上げなくてはならないかもしれません」
「大丈夫なのか……?」
「はい。アーニャ姉の作った麻酔薬と私の技術があれば容易いかと」
リリは幼い体をしているが、これでもとっくに成人を迎えている。
エルダードワーフという特有の種族であるが故にその成長は少女の姿のままで止まっているのだ。
いわゆる安産型とは言いがたい体型なのだ。
「どうなるかは分かりません。少しだけでもリリのそばにいてあげてください」
「分かった……」
アーニャ達は一旦部屋を出ていく。
残されたのは俺とリリだけだ。
ベッドで横になり苦しむリリの髪を撫でる。
「はぁはぁ……。ライト、痛いよ……」
「ごめんな、何もしてあげられなくて」
「ふふ、でもね、やっぱり嬉しいの。もうすぐヒカリに会えるんだね……。あのね、私は自分の体くらいは分かってる。エルダードワーフってね、出産での死亡率が高いの……」
「こら、そんなこと言うんじゃ……」
「ううん、聞いて欲しいの。私、この命に代えてもヒカリを産むから……。もし私が死んでも……。ん……」
「…………」
リリの唇をキスで塞ぐ。
この先は聞く必要は無いからだ。
キスを終え、ゆっくりと口を離す。
「リリ。ヒカリっていう名前の意味は話したよな?」
「うん……。みんなの希望の光りになって欲しいって……」
「そうだよ。でもまずはリリがヒカリにとっての希望の光りになってあげて欲しいんだよ。だからしっかりヒカリを産んでさ、一緒にヒカリを育てていこうな」
「ライト……」
リリはその目から涙を流す。
別れの、悲しみの涙ではない。
喜びの涙だと分かった。
――コンコンッ
「ライト様、そろそろ……」
「分かった。リリ、頑張れよ」
「うん……」
別れを惜しむようにリリの手が伸びる。
俺は最後にしっかりとリリの手を握り部屋を出ていった。
その後はアーニャの時と同じようにリリの痛みに耐える叫び声が聞こえてくる。
しかしその声はすぐに止まった。
考えてはいけないが、リリの言葉が頭を過る。
リリ、大丈夫だろうか……。
――ガチャッ
部屋を出てきたのはリディアだった。
「ど、どうした?」
「先に伝えておこうと思って……。やっぱりこのままだとリリもヒカリも危険なんです。今は薬で眠らせています」
「腹を切るのか……」
「はい。でもこのまま自然分娩させるよりは安全です。ライトさん、安心してください。リリもヒカリも絶対に守ってみせます」
そう言ってリディアは部屋に戻っていった。
考えちゃ駄目なのに最悪の場面が浮かぶ。
もしリリが……。
もしヒカリが……。
駄目だ、そんなことを考えては!
リリも頑張ってるんだぞ!
夫である俺が弱気になってどうする!
「リリ! 頑張れ! 絶対に負けるんじゃない!」
聞こえていないだろうが大声で応援した。
そして聞こえてきたのは……。
『出ました! シャニ、急いでお腹を閉じて!』
『はい。任せてください』
『リディアさん! ヒカリが息をしていません! 逆さに持っててください!』
『う、うん!』
『ごめんね、ヒカリちゃん!』
――パァンッ!
肌を叩く音がした。その次に聞こえてきたのは……。
『んあー。んあー』
産声だった……。
う、産まれたんだ。
俺とリリの子が……。
ヘナヘナとドアの前で座り込んでしまう。
ヒカリは産まれたが、リリは無事だろうか?
――ガチャッ
「産まれました! 母体も無事に……? あれ? ライト様、どうしたんですか?」
「あ、あはは……。腰が抜けちゃってさ……」
「うふふ、そんなライト様を見るのは初めてです。今はまだヒカリには会わせられません。リリも眠ってますし。ここは私達に任せて先に休んでていいですよ」
アーニャに肩を貸してもらい寝室に向かう。
産んだのはリリのはずなのに、なんかすごく疲れた。
横になるとすぐに眠ってしまった。
◇◆◇
――ユサユサッ
ん……? 誰だ?
目を開けるとシャニが俺を起こしに来ていた。
「起きられますか? リリが目覚めました。今なら会えます。いかがですか?」
「行くよ……」
俺は急ぎリリの寝室に向かう。
ドアを開けるとリリはヒカリにおっぱいをあげていた。
「あ、ライトー! おっはよー!」
「元気そうだな……。はぁー、良かったよ。心配したんだぞ」
リリの横に座りヒカリの姿を見てみる。
起きてるようだな。
エルダードワーフはほとんど人間と同じ姿をしている。
唯一違うのは目なのだ。
白目がなく、大きな黒目をしている。
子犬のような瞳をしているのだ。
そしてヒカリは……。
「私と同じエルダードワーフだね」
「だな。俺の血が薄いのかな? 人間で産まれた子は一人もいないもんなぁ」
「ふふ、がっかりした?」
「いいや、全然。この子はリリに似て美人になるぞ。間違いない」
「あれ? まだ女の子だって言ってないよ」
「女の子だろ?」
「ふふ、正解!」
リリはヒカリのおくるみを少し外す。
ははは、やっぱりついてなかったか。
これで家族の中で男は俺一人か。
しばらくハーレム生活は続きそうだな。
リリはヒカリにおっぱいを飲ませながら優しく頭を撫でる。
「ヒカリ、お父さんはすごい人なんだよ。強いだけじゃなくて、かっこ良くて。優しくてとっても素敵な人なの。そして世界を救った英雄なんだよ」
ははは、そんな御大層な男じゃないよ。
――ガチャッ
「リリ! 起きたんだって!? わー、可愛いね! ヒカリちゃん、おっぱい飲んでる!」
「ふふ、リリそっくり。ほら、ソラ。この子が妹のヒカリちゃんよ」
「でも耳はライト殿にそっくりです」
家族が新しい命が産まれたことを祝福してくれる。
「ねぇみんな。私達って世界で一番幸せだよね。こんな素敵な旦那様と一緒にいられるんだもん。それに可愛い子供まで……」
「ふふ、そうだね」
「ライト様は世界も救ってくれました」
「でもそれはついでなのですよね?」
そういうこと。
世界を救ったのはついでなんだ。
君達を幸せにするためについでにしたことなんだ。
俺はこれからもこの世界で生きていく。
異世界だろうと構わない。
愛する家族がいるこの家が俺の生きる場所なんだ。
家族をしっかりと抱きしめる。
ここから俺の人生の第二幕が始まるんだ。
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