第197話 最後の壁

 ヨーゼフの私室にて。俺は力なくソファーに座る。  

 俺には二つの選択肢が与えられた。


 一つ、愛する者を救いたかったら今後俺が作った子供を実験体として差し出す。

 二つ、ヨーゼフを殺し戦いを終わらせる。

 だが子供達は残酷な死を迎え、そして俺の村には毒を含んだ弾丸が発射される。


 そんなのあるかよ……。

 そんな馬鹿な選択肢から選べってのかよ……。

 俺はどうすればいいんだ?

 

 今愛する者を救うためには将来愛することになるであろう子供達の未来を奪うことになる。

 そんなこと俺には出来ないよ……。


 もう何も考えられなかった。

 

「ふむ、君には少し時間が必要なようだ。そのまま考えるといい」


 ヨーゼフは何か言ったが俺の耳には届かなかった。

 その代わり頭に浮かんだのは愛する者の顔だ。


 リディア、アーニャ、シャニ、リリ。

 俺はどうすればいいと思う? 

 どっちを選ぶのが正しいのかな?


 ふと彼女達と別れる時に交わした言葉を思い出した。


『一度聞いておきたいことがあって。ライトさんってどうしてそんなに強いんですか?』


 リディアが言った言葉だ。

 ははは、俺は強くないよ。

 仮に強いとしても君達がいるから強くなれたんだ。

 でもアーニャはこんなことを言ってくれた。

  

『ライト様の強さは受け入れる力にあると思うんです。私達はこの世界では受け入れ難い姿をしています。でもライト様はそんなこと気にすることなく私達を愛してくれました』


 受け入れる力か。

 アーニャが俺にとって美人だったからかもしれないぞ。


『受け入れる力、言い方を変えれば他者と壁を作らないという力だと思います。それがライト殿の力の本質』


 シャニの言葉だ。

 ははは、壁を作るのが俺の力なのにな。


『そうだよ、ライトは誰にも平等で優しくしてくれるじゃん。それが壁を作らないって意味だと思うよ』


 リリの言葉で納得出来たよ。

 そうだな、他人とあんまり壁を作らない俺の性格だからこんな力を手にしたのかもな。





 壁を作らない……。

 それが俺の力。それが俺の力の本質か。





 ――ピコーンッ


 ん? この音は……。

 特にレベルアップしたようには思えないんだが……?


【壁の本質を理解しました。隠れスキル、時空の壁が発動します】


 隠れスキル? 時空の壁?

 それってどんな壁なの?


【時間、空間の壁を自由に操れます】


 時間? 空間?

 それってどういうこと?

 な、ならさ。今ここで時間を止めるってことも出来るの?


【受け付け完了。時を止めます】


 ――シンッ……


 え? 音が消えた。

 目の前にはヨーゼフとヴィルヘルムがいるが、微動だにしない。

 これってどういうこと?


【世界の時を止めました】


 えー? そんな簡単に言われても……。

 と、とりあえずだよ。この力があれば子供達を助けられるかも……。


【ネガティブ。対象の位置が分かりません】


 な、なるほど。空間の壁ってのはポータルの進化版みたいなことか。

 

 よし! やる気出てきたぞ!


 ――パァンッ!


 両手で頬を思いっきり叩く!

 痛い! 強すぎた! 

 だが気合い入ったぞ!


「空間操作、位置はアーネンエルベの入口付近! なるべく目立たない場所で! 時間は……五日前に設定!」

【受け付け完了】


 ――ブゥンッ


 ん? ここは……。

 目の前が真っ白になったと思ったら突然転移したみたいだ。

 ここはヨーゼフの私室ではなく、家屋の屋根の上だな。

 かなり高い建物のようでアーネンエルベが一望出来る。


「よし……」


 俺はここでしばらく様子を見ることに。

 だが特に動きはない。

 ならこんなことも出来るかな?


「早送りって出来る?」

【倍速設定を完了してください】


「三倍で」

【受け付け完了。時を進めます】


 おお、下を歩いている人の動きが早くなった。

 これなら効率良く観察出来るな。

 そして太陽が沈み夜がくる。

 

 そしてすぐに夜が明けた。

 まだ特に目立った動きはないが……?


「ストップ!」

【受け付け完了】


 見覚えのある顔を見つけた。

 ヨハンとロニ、そして軍服に身を包んだ兵士達だ。

 そしてその手には意識を失っているであろうミライとジュンの姿が……。


 俺は屋根伝いに二人を追う。

 そして二人はとある建物に入っていった。

 正門があり、兵士が四人立っている。

 他にと建物の周りを巡回している兵士の姿が。

 かなり厳重な警備のようだ。

 ここにミライとジュンがいるんだな。


 ヨーゼフの城からかなり離れている。

 闇雲に探していてはミライ達を助けられなかっただろう。

 ふふ、でもこれで大丈夫そうだな。


「時空の壁を発動。さっきの時間と場所に戻してくれ」

【受け付け完了】


 ――ブゥンッ


「さて、考えはまとまったかね? だいぶすっきりした顔をしているようだが」


 お? ヨーゼフが話しかけてきたぞ。

 考えねぇ。もちろんまとまってるよ。


「あぁ。俺は子供達を助けるし、妻も助ける。そしてあんたに実験材料の子供は渡さないって決めたよ」

「ははは、君は面白い男だな。何の冗談を言って……」


「いいや、本気だ。それにもう俺の勝ちは決まった。そこでだ、今度は俺から交渉したい。もう戦うのを止めてさ、これからは平和に暮らしていかないか? それが一番お互いのためになると思うよ」


 まぁ、ヨーゼフは俺の提案を飲むとは思えないけどね。


「悪いがそれは受け入れられん。人類の新しい未来のためなのだ。そのためには犠牲はつきものなのだよ。いいかね、これが最後だ。君が協力しなければ……」


 交渉決裂ね。分かってたよ。


(時空の壁を発動。時間を止めてくれ。そして俺をミライとジュンがいる建物に転移)

【受け付け完了】


 ――ブゥンッ


 ん……。ここは……。

 目を開けると薄暗い部屋の中にいた。

 そして俺の前にはベッドに寝かされるミライとジュンの姿があった。


 俺は可愛い我が子の頭を撫でる。


「ごめんな、待たせてしまって」


 二人から点滴の管を抜く。

 そのまま二人を抱っこしてさらに時空の壁を発動。

 向かう先はピース村の俺の自宅だ。

 到着したが、時は止まったままだ。

 感動の再会を味わいたいからな。


 一旦子供は俺の部屋のベッドに寝かせておく。

 ごめんな、もう少しだけ待っててくれ。


 アーネンエルベに戻り、今度は巨大砲台であるドーラとギュスターヴの前に到着。


 こんな武器があるからいつまでも地球は平和にならないのかもな。

 この中には南の大陸の全ての生物を殺すだけの毒が入っているらしい。

 物騒なものはさっさと排除しないとな。


「この二つの砲台を宇宙に転移出来るか?」

【受け付け完了】


 ――ブゥンッ


 超巨大質量であるはずの砲台が一瞬で消え去る。

 時空の壁か、どんだけチートなんだよ。

 だが今の俺にとっては最高の力だ。

 俺のチートが壁で本当に良かったよ。


 さて、最後の仕事をしなくちゃな。

 俺はまたヨーゼフの私室に戻る。


「君が協力しなければ……」


 お? さっきの台詞の続きだな?

 

「俺が協力しなければ子供達を殺すのか? でもどうやって?」

「何を言って……? な、何!? 子供達が消えた!?」

「ヨ、ヨーゼフ様! ドーラとギュスターヴも消えています!」


 あらら、気付いちゃったか。

 ふふ、これでこいつらは俺を脅す駒を失った。

 さてと、今度は俺から伝えないと。


「お前達に残された選択肢は二つ。このまま平和的解決を目指すか、それか今までの罪を償うかだ」

「な、何を馬鹿なことを! 衛兵!」

「こ、ここで殺してやる!」


 あちゃー。さっきまでラスボス感満載だったのに、一気に三下になったな。

 でも彼らが反省する気がないのは分かったよ。

 なら罪を償ってもらうとしよう。


(俺達三人を南の大陸に。向かうのは異形の巣。時間は一年前に設定)

【受け付け完了】


 ――ブゥンッ


「こ、ここはどこだ?」

「転移魔法だと? そんな報告は……」


 まぁさっき手にいれた力だからね。

 ここは南の大陸にある異形の巣だ。

 目の前は不気味に輝くコアがある。

 そして核の周りを守るように黒い塵が集まってきた。


「これからお前達には絶望を味わってもらう」

「な、なんだと? これはまさか……?」


 ――ウルルォォォィッ……

 ――ウバァァァァァッ……


 洞窟の奥から懐かしい声がする。

 俺達を長いこと苦しめた、人間に対して高い力を発揮する化物。

 異形だ。


「ヨーゼフ様! い、異形です! 逃げましょう!」


 逃がすと思う?


【壁っ!】


 ――ズコォンッ!


 出口はオリハルコンの壁で塞いでおいた。

 こいつらの罪を償ってもらうのに、俺の手を汚す必要はないだろ。

 さて、こいつらの汚い断末魔は聞きたくないんでね。

 俺は早々に逃げることにした。


(時空の壁を発動。時間は現在の時刻を設定。場所は俺の自宅)

【受け付け完了】


「や、止め……!? うぎゃー!?」

「助け……」


 最後に二人の声が聞こえてきたような気がした……がやっぱり気のせいだろ。


 ――ブゥンッ


 そして俺は自宅に戻ってきた。

 さて、子供達を起こさないとな。

 ベッドで寝かせてあるミライの頬を優しく撫でる。

 するとミライはゆっくり目を開けてくれた。


「ちち……?」

「パパな。お帰りミライ」

「んあー。んあー」


 ジュンも目を覚ましたか。

 ふふ、お腹減ったよな。

 ママにおっぱいをもらいに行こうな。

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