第196話 ヨーゼフ 其の二

 北の大陸にある国アーネンエルベ。

 俺はこの国の王である転移者ヨーゼフに残酷な事実を告げられる。


 テーブルの上には水晶が置かれており、その中にはミライ、ジュンが寝かされている映像が見える。

 彼女達の腕には点滴の管が二本刺さっていた。


「一つは栄養剤だ。眠っている間でも飢えることがないようにね。赤ん坊に必要な栄養素もしっかり含まれている」

「もう一つは……?」


「毒だよ。致死性のね。だが調整を施してある。その毒を投与されれば痛覚に異常をきたす。この世の全ての痛み、それを感じて子供達は死ぬことになる」


 ヨーゼフの胸ぐらを掴んでいた手から一気に力が抜けた……。

 こいつ、なんでそんな残酷なことが出来る……。


 俺はそのまま立っていることが出来ずに膝をついてしまった。


「それでいい。ここで抵抗するのは得策ではないからね。それに私は無下に命を奪うつもりはない。君をここに呼んだのは戦いを終わらせるため。そして人類の更なる発展のためなのだよ」


 戦い? 人類の発展? 

 そんなものはどうでもいい。

 子供達を……。ミライとジュンをこの悪魔の手から救わないと……。


「どうすれば娘は助かる……?」

「ははは、話を聞く気になったか。それでは君にはやってもらいたいことがある。長年の研究により私達は人より遥かに強い肉体を得ることが出来た。新しい種に進化したのだよ。幸い私達転移者は人より長い寿命を持つようだ。研究をする時間はたっぷりあったのだ」


 ここからは聞くに耐えない話だった。

 ヨーゼフは人以外の種族を秘密裏に捕らえ、口では言えないような残酷な実験を繰り返し、その成果を得てきた。

 人の力は限界まで強くなった。

 そしてヨーゼフはかつての悲願、世界の統一、第三帝国の建国にとりかかる……はずだった。


「しかしそこで異形という障害が発生した。全くセタも余計なことをしてくれたものだ。異形というのは特に人に対して特化した戦闘力を持つ。しかも増えるのが早くてな。私達は事態が収まるまで待つしかなかった。だが君のおかげで異形は消え失せた。ようやく世界の全てを我らが手にする時がきたのだ。だがそれだけではない。君がもたらしてくれた恩恵は私の期待を超えるものだった。それが君の子供達だ」


 ヨーゼフは話を続ける。

 転移者というのは俺の壁のようにこの世界の理から大きく逸脱した力を持つ。

 ヴィルヘルムもそうだ。分身を九つも作れるらしい。

 そこでヨーゼフはこのような力を人為的に作れないか実験したそうだ。


「だが残念ながらこの世界の住人と我らでは大きく遺伝子が違うらしい。どうやっても生殖は成功しなかった。だが君は違う。だからそこで君に頼みたいことがある」

「なんだ……?」


 ――ニヤッ


 ヨーゼフの笑顔が変わった。

 死の天使。まさにその笑顔だった。


「君には今後、子供達を提供し続けてもらいたい。実験体として利用させて欲しいんだよ。女はこちらが用意しよう。彼女達を孕ませ、そして産まれた子供達を提供してもらいたい。だが君がこの話を受けてくれるとは簡単には思えない。だから君には二つの選択肢を与えよう。子供達をそのままここで過ごしてもらうか、それか君の愛する者を差し出してもらおう」

「人質の交換か……」

 

「そうだ。条件さえ飲んでくれれば君が愛する者は誰一人死ぬことはないだろう」

「なら実験で使う俺の子はどうなる?」


 俺は知ってるんだ。

 ヨーゼフの実験ってやつをな。

 こいつがアウシェビッツで子供達に対してどんな残酷なことをしていたことかを。


「人類の未来のためなのだよ。だが君がこの話を断り、私達を殺すかもしれん。それもいいだろう。だが私の命が尽きると同時に子供達には毒が流し込まれる。そしてドーラとギュスターヴも南を攻撃するよう細工をしてあってね」


 あれだけ巨大な砲台だ。

 ピース村どころか南の大陸の全てを射程に収めているだろう。

 だがヨーゼフは俺を更なる絶望に突き落とすことを言った。


「二つに込めているのは特殊な弾薬でね。着弾すると子供達に使っている毒と同じものが空気中に飛散される。南にいる全ての生物は死に絶えることになるだろう」

「…………」


 ちくしょう……。

 ここまで用意周到だったとは。

 

 俺に残された選択肢は二つ。

 ヨーゼフの奴隷として生きる。そして実験体としての子供を作り奴に提供し続ける。

 それをすれば子供達と妻達の命は救われるだろう。


 そしてもう一つ。

 こいつを今すぐ殺す。

 俺の力ならばヨーゼフくらいなら殺すことが出来るだろう。

 だがこいつが死ねば同時にミライとジュンに毒が投与され、そして同じ毒がリディア達を襲うことになる。


 今ある愛する者の命、そして俺が作った新しい命。

 それを天秤にかけろと。


 そんな馬鹿な話あるかよ……。

 そんなこと出来るわけないだろ!


 俺は再びヨーゼフに掴みかかる!


「てめぇ、ふざけんじゃねえ! 命をなんだと思っているんだ!」

「命? 君こそ分かっていない。いいか、弱者というものは常に強者に食われることになる。それが生きるということだ。それとも何か? 君は生き物を殺したことはないのかね? 作物であれ、家畜であれ、全ては生きているのだ。君はそれを刈り、潰し、加工し体内に摂取してきた。私がしていることと君がしてきたことにどんな差があるのだ?」


 駄目だ、話にならない。

 狂っている。だからかつての戦争であんなに酷いことを出来たんだろう。


 俺はどうすればいいんだ。

 どっちを選べばいいんだ。

 どうすれば愛する者を救えるんだ。


 ――ドサッ


 力が抜ける。

 俺はソファーに倒れるように腰を降ろす。

 何も考えられなかった。

 ただ愛する者達の顔が頭に浮かんだ。

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