第195話 ヨーゼフ 其の一

「着いたぞ。ここが我が国アーネンエルベだ」


 馬車の窓から外を眺める。

 そこでまず目を引くのは頂上に霞みがかかっているほど巨大な超巨大砲台。

 これがドーラとギュスターヴか。


 兵器にはそこまで詳しくない。

 だが遠く離れたピース村でさえ、この砲台の射程距離内にあるのだろう。

 つまり人質に取られていたのは娘達だけではない。

 やろうと思えばリディア達も簡単に殺せるということだろう。


 ここは下手に暴れるのは得策ではない。

 しかしふと疑問が浮かぶ。

 彼らの目的は世界を統一……第三帝国を建国することにある。

 地球で果たせなかった悲願をこの世界で成し遂げようとするものだ。

 ならさっさと俺達を殺せば話が早いのではないだろうか?

 しかしそれをしない。

 別の目的があるのかもしれない。


「どうだ、美しい街並みだろう。我が国が最も輝いていた時を再現したのだ」


 ヴィルヘルムは窓から外を見るよう俺に薦める。

 確かに綺麗な街並みだ。

 古き良きヨーロッパの街といった感じだ。

 石造りの建物、道は整備されておりレンガが敷き詰められている。

 実際ヨーロッパ旅行なんかはしたことがないが、ネットなんかで綺麗な街を見るのは好きでね。

 いつかは行ってみたいと思ってたんだ。


 だが少し違和感を感じる。

 街には多くの人が歩いているのだが、どことなく目が虚ろなのだ。

 どこか遠くを見ているというか……。

 とにかく精気のない目をしている。


「悪くないね。今後の村造りの参考にさせてもらうよ」

「それは良かった。君の村は分体の目を通して拝見したが、まだまだ発展途上だったからな」


「ださいってことか?」

「ははは、私達の感性には合わないというだけだ。話は終わりだ。着いたぞ」


 俺達は馬車を降りる。

 ふぅ、乗り心地は悪くなかったがやはりリリの作った車とは違うな。

 お尻が痛くなってしまった。


 さてヴィルヘルムは着いたと言ったがどこに着いたというのか。

 目の前にはそこそこ大きな建物がある。

 三階建てのちょっとしたビルって感じの建物だ。


「ここは?」

「王はここにいる。これがアーネンエルベの王城だよ」


 へぇ、ヨーロッパの古城みたいなのを想像してたよ。

 割りと現代風な建物なんだな。


「さぁ行こう。王……ヨーゼフ様が待っている」


 ヴィルヘルムは俺を建物の中に案内する。

 割りと普通……だと思っていたんだが、それは違ったようだ。

 入った先には広間があり、そこの壁には大きなカギ十字の旗が掲げられていた。

 油断してはいけない。やはりここは敵地。

 そして相手は人を人とは思わぬ非道を繰り返してきたヨーゼフ・メンゲレなのだから。


 ヴィルヘルムは広間を抜け階段を上がる。

 ヨーゼフの待つ部屋は三階にあるようだ。

 通路を進み、とあるドアの前で止まる。


 ――トントンッ


『入りたまえ』


 中から聞いたことがある声がする。

 ピース村の自宅で俺はこの声を聞いた。

 娘を拐った憎い男の声。

 聞くだけで怒りが頂点に達する。

 

 駄目だ、落ち着かなくては。

 ここで押し入ってヨーゼフを殺しても娘達を助けることは出来ないかもしれない。

 それどころか報復としてドーラとギュスターヴで南を攻撃し始めるかも。

 

 俺は怒りを抑え、ヨーゼフが待つ部屋に通される。


「待っていたよ」


 そこにいたのは髭をたくわえた白人男性の姿があった。

 見た目は人の良いおじさんといった感じだ。

 ヨーゼフは笑顔のままソファーに座るよう促してくる。


「ははは、緊張することはない。歓迎するよ。よく私の招待を受け取ってくれた。感謝するよ。酒でもどうかね?」

「いいや、馬車の中で飲んできた。遠慮するよ」


「そうか、ならお茶にでもしようか。君の村では飲み損ねたからね」


 ――パンパンッ


 ヨーゼフが手を叩くと、目の虚ろなメイドさんが部屋に入ってくる。

 彼女は黙ったまま俺の前に紅茶を置いてくれた。


「あ、ありがと」

「…………」


 何も言わずに下がっていく。

 

「具合が悪いのか?」

「いいや、ちょっとした薬の作用でね。君の力は把握してある。敵意を消すことが出来るらしいね。なので今の国民からは思考を消す薬品を投与してある。最低限、生存ラインを確保することと、自分達の命を守ること。そして自国の平和を守ること。その三つのみを遂行するよう暗示もかけてある。心の壁だったかね? 彼らからそれを消しても味方にはならん。ここでは君の力は使えんということだ」


 なるほどね、ちゃんと準備はしてあるってことか。

 この国にいる限り俺に味方してくれる者はいない。

 壁を駆使すれば戦いつつ逃げることは可能だろう。

 それなりに強くなったからな。

 だがそれでは解決にならない。

 俺の目的は娘達をこいつらの手から救い出すことだからだ。


「暴れるつもりはないよ。そうだ、娘達はどうしている?」

「無事だよ。良く眠っている。親と離れるのは寂しいだろう。だから薬を投与して眠らせている。これを見たまえ」


 ――ゴトッ


 彼は俺の前に水晶を置く。

 すると水晶の中にはベッドで横になるミライとジュンの姿が。

 くそ、こいつミライ達になんてことを……。

 ヨーゼフの言葉に怒りを覚える


「子供達はどこにいる……?」

「それは言えん。彼女達は大切な実験材料だからな」


 ――ブチッ


 今の言葉で我慢の限界がきた。

 俺は無意識にヨーゼフの胸ぐらを掴んでいる。


「落ち着きたまえ。彼女達の腕を見るのだ。点滴の管が見えるだろ?」


 俺はヨーゼフを掴んだまま水晶を見る。

 彼の言った通りミライ達の腕には点滴の管が刺してあった。だが二つある。


「一つは栄養剤だ。眠っている間でも飢えることがないようにね。赤ん坊に必要な栄養素もしっかり含まれている」

「もう一つは……?」


「毒だよ。致死性のね。だが調整を施してある。その毒を投与されれば痛覚に異常をきたす。この世の全ての痛み、それを感じて子供達は死ぬことになる」


 ――スッ……


 ヨーゼフの言葉を聞いて俺は手を離した。

 

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