第194話 アーネンエルベ

 南の大陸を北上すること三日。

 ようやく国境付近に到着した……のだが、俺を待っていたのは数千を超える人間の兵士達だった。

 まさかここで俺を殺すつもりか?

 とも思ったがヨーゼフはそんなことをしないと思う。

 

 車を止め、様子を伺っていると一人の男が近づいてきた。

 見覚えがある顔だ。彼に会うのは三回目だな。


「良く来たな」

「あぁ、招待状を受け取ったからな。案内してくれるのか? ヴィルヘルム」


 彼はヴィルヘルム。

 名字は忘れたがナチスの親衛隊でそんな男の名があったのを覚えている。

 だがこいつの経歴やなんでこの世界にいるのかはどうでもいい。

 

「ふむ、約束通り一人で来たようだ。では案内しよう。こっちだ」


 ヴィルヘルムは俺に車から降りるよう指示を出す。

 彼についていく道中、聞いてみることにした。


「おい、俺の娘は無事なんだよな?」

「あぁ、元気にしている。大切なゲストだからな。悪いようにはせんさ。さぁ、乗りたまえ」


 ヴィルヘルムの視線の先には馬車が見える。

 人が乗るところをキャビンって言うんだけっか?

 貴族様でもないのに、こんなものに乗ることになるとはね。


 どうする? ここから先は敵地だ。

 ヨーゼフは俺を招待するとは言ったが、もちろん罠だと思っている。

 何らかの形で俺を殺そうとしてくるはずだ。


「ははは、そんなに警戒するな。君達を殺そうと思えばもう殺している」

「まぁ、どうせ娘を助けるにはあんたらに従うしかないからな」


「では出発しよう」


 ――コンコンッ


 ヴィルヘルムが壁を叩くと馬車は走り出す。

 そして奴は備え付けの箱から何かを取り出した。

 瓶……とグラスを二つ。 

 中の液体を注ぎ、俺に渡してきた。


「飲みたまえ。少し時間がかかるからな。ゆっくりと休むといい」

「ワインか? ドイツ式の歓迎ならビールだと思ってたんだけどな」


「ははは、発想が貧困だな。ドイツはワインも有名なのだぞ」


 ヴィルヘルムは笑いながらワインに口をつける。

 毒とか入ってないだろうな。

 俺は恐る恐るワインを口にするが……。


「美味いな」

「それは良かった。ライトよ、少し話さないか?」


 敵と話すことなんかない……とも思ったが、彼もまたこの世界に意図せずに来てしまった転移者なのだ。

 俺も少しではあるが興味がある。


「お前はどの時代からやってきたのだ?」

「俺か。西暦で言うと2021年だな」


「2021年だと!? 私が呼ばれたのは1980年だ。誕生日の目前で倒れてしまってな。目を覚ましたらこの世界に呼ばれていたというわけだ。それから数千年、私はこの世界で生き続けている」


 数千年……。転移者は人とは逸脱した寿命を持つと聞いたことがある。

 ヨーゼフという男も同じように転移してきたということだろう。

 

「お前が生きていた時代の祖国はどうなっていたのだ?」


 と聞かれましても。

 ヨーロッパ旅行はしたことないしな。

 ヨーロッパ諸国の一つくらいの認識でしかない。

 でも今でも古城があったりと現実とファンタジーが融合したような国だと知り合いは言ってたかな。

 

「綺麗な国だってことは知ってるよ」

「そうだろう、そうだろう。私も祖国の土の上で死にたかった。だがそれはもう叶わない願いだ。美しい祖国、そこに理想郷を築いていきたかったのだがな」


 理想郷か。でもその理想郷ってのはあまり賛同出来るようなものではないんだよな。

 彼らが目指すものは第三帝国、それは特定の民族の優位性を全面に押し出すものだ。

 言葉を変えるならば自分達以外の人種、国民は劣等種扱いするというもの。

 俺が最も嫌いな考えでもある。


「あんた、本当にそんな国を作りたいと思っているのか?」

「なんだ、君は平和主義者か? ならばかつての日本はどうだった? アメリカを、イギリスを鬼畜国家扱いし、アジアを支配したではないか。私達は同じ穴のムジナなのだよ」


「…………」


 それについては否定は出来ないところもある。

 戦争を美化するつもりはない。

 その当時の国民は洗脳に近い形で敵国を蔑むよう印象付けられてきた。

 情報統制やプロパガンダによってな。


 でも自分の頭で考えるなら分かるはずなんだよ。

 人種が違えど、国が違えど、俺達は何も変わらないということに。

 それは世界が変わっても同じなんだ。

 だから俺はリディア達を愛することが出来る。


「あんたが俺達をどうしたいかは知らん。だがやっぱりあんたらとは友達になれないみたいだな」

「ははは、それは残念だ」


 その後も馬車は走り続ける。

 そして変化を感じた。

 揺れが少なくなってきたんだ。


「む? 街道に出たようだ。もうすぐ着くか……」


 ――ガラッ


 ヴィルヘルムはキャビンの窓を開けて外を見る。

 俺も横目で外の様子を眺めてみる……?

 

 ん? なんだあれは?

 向かう先に大きな塔……いや円柱のようなものが見える。

 霞みがかかっている。それだけ遠くにあり、信じられないほど大きい。

 例えるならスカイツリーがまっすぐではなく斜めに立っている感じだ。

 それが二つ横に並んでいる。


「あれは……?」

「気付いたか。あれがドーラとギュスターヴだよ。我が国が誇る最強の兵器だ。全長1000mの超巨大移動砲台。南の大陸の全てを射程に収めている。あれを用意するのは大変だったよ」


 ドーラとギュスターヴ。

 それは人名ではない。

 かつての戦争でナチスが作った移動砲台だ。

 本来は列車で運用するはずだったが、あまりに巨大で組み立て、運用に問題がありほとんど使われずに終わったと聞く。

 それを彼らはこの世界で完成させたのか。


 ヴィルヘルムが言った言葉が分かった。

 こいつは言った。


『君達を殺そうと思えばもう殺している』


 その意味が今分かった。

 あれが発射されでもしたら、俺の壁でも村を守りきれるか分からない。

 そうなったらリディア達は……。


 人質に取られたのは娘達だけではなかったということだ。


 馬車は走り続け二つの砲台がはっきり見えてくる。

 

 そして俺はとうとう北の国、アーネンエルベに到着した。

 

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