第190話 アーニャと過ごす一日

 リディアと一日を過ごした翌日。

 ベッドの中ではリディアがすやすやと眠っていた。

 うん、少しだけど顔色が良くなったかな。

 おでこにキスをすると目を覚ましてくれた。


「ライトさん、ありがとうございます。私はもう大丈夫ですから」

「そうか。あのさ、今日はアーニャと一緒に過ごしたいんだけどいいかな?」


「ふふ、ライトさんの気持ちは分かってます。もちろんいいですよ」


 そう言ってベッドを出るリディア。

 足取り軽くキッチンに向かいお弁当を作ってくれた。


「お、おはようございます」

「おはよ、アーニャ」


 アーニャは心配そうに挨拶をしてくる。

 だがリディアの様子を見て少し安心したみたいだ。

 

「リディアさん、もう大丈夫みたいですね」

「あぁ、シャニはどうしてる?」


 リビングにはシャニとリリがいなかった。

 何でもシャニの落ち込みようが激しいようでアーニャとリリが付きっきりになっていると。

 シャニも心配だが……。


「アーニャ、ちょっと外に出ようか」

「は、はい」

「ふふ、楽しんできてね。これお弁当ね」


 とリディアがお昼用のお弁当を渡してくれた。

 さて、そろそろ行くかね。


「あ、あの、どこに行くんですか?」

「んー。秘密。そうだ、悪いけど乗せてくれないか? 久しぶりにさ」


 アーニャはラミアであり蛇の下半身を持つ。

 大人一人くらいなら軽々と背負って進むことが出来るのだ。

 でもアーニャは妊娠してるからな。無理させるのは良くないかな?


「ふふ、大丈夫ですよ。最近あんまり運動してませんから、ちょうどいいくらいです」

「そうか、無理そうだったら言ってくれ」


 俺はアーニャの背に乗ってピース村を出る。

 その道中、昔話を楽しんだ。


「懐かしいな。アーニャに初めて乗せてもらった時はさ……」

「もう。恥ずかしいから言わないで下さい」


 しかしそんなアーニャも楽しそうだ。

 横からチラッと顔を見たが笑顔だったからな。

 俺のナビで着いた場所は……。


「ライト様、ここって……」

「あぁ。アーニャが教えてくれた第二の拠点の跡地だな」


 ここはゴツゴツした岩がある丘の上だ。

 俺の拠点は地盤が緩くなると防御力が下がる。

 そこで水捌けの良い適切な土地は無いか探していたが、アーニャの案内でここを見つけたんだよな。


 俺とアーニャは岩の上に腰をかける。

 懐かしい。彼女との楽しい思い出が頭を過る。

 

「そういえばさ、どうしてこんな場所知ってたの?」

「ふふ、今だから言えますけど……。ここには泣きに来てたんです」


 アーニャは俺にとっては絶世の美女だ。

 艶やかな黒髪、憂いを帯びた整った顔。

 下半身は蛇だが大した問題ではない。

 

 しかしこの世界の基準では違う。

 ラミアは背中の美しさで美醜を決めるそうだ。

 アーニャの背中には大きな痣がある。

 そのため彼女は俺に出会うまで男性から相手にされず寂しい人生を歩んできたと。


 いたたまれなくなったアーニャは一人、この丘に来て涙を流していたらしい。


「ふふ、でも私はライト様に出会えました。背中の痣のおかげですね。それだけではありません。ライト様、触ってあげて下さい」


 アーニャは俺の手を取って少し大きくなったお腹に当てる。

 ここに新しい命が宿っているんだ。

 

「ソラ、お父さんですよ。良かったですね。お父さんに触ってもらえて」


 アーニャはまるで聖母のように微笑んだ。


「ふふ、アーニャは可愛いね。きっとソラはアーニャに似て美人になるな」

「あら? 男の子かもしれませんよ」


「んー。でもさ、なんか女の子のような気がする」

「ふふ、実は私もそう思ってました」


 まぁソラが男でも女でも構わないさ。

 愛しいアーニャとの子ならね。

 

「ライト様が私をここに連れてきた理由が分かりました。だから言います。ソラのためにも絶対に戻ってきて下さい」

「分かっちゃったか……。そうなんだ。俺はもうすぐ北の大陸に向かう。どんな罠が仕掛けられてるか分からない。もしかしたら俺は……」


 続きは言えなかった。

 アーニャがキスを口を塞いだからだ。


「ん……。駄目です。約束して下さい。一緒にソラを育てていくって。そしてソラのお姉さんを……ミライちゃん、ジュンちゃんを取り戻して……」

  

 そう言ってアーニャは涙を流す。

 アーニャにとってミライもジュンも我が子同然なんだ。

 そうだよな。これからソラが産まれてくるんだ。

 そんな弱気になっちゃいけないよな。


 俺はアーニャのお腹に顔を近づけて……。


「ソラ、聞こえるか? 君のお姉ちゃんは絶対に俺が取り戻してみせる。だからここから出てきたらいっぱい遊んでもらおうな」


 ――トクンッ


「「んっ?」」


 思わずハモってしまった。

 だが聞こえたのだ。

 俺の声に呼応するかのような大きな鼓動を。


 アーニャは自分のお腹に手を当てて……。


「ふふ、良かったですね、ソラ。お父さんが約束してくれました。産まれてきたらみんなで遊びましょうね」


 俺達はまだ見ぬ我が子の話を楽しむ。

 次第と心が落ち着いてきた。

 アーニャと話すことで勇気をもらえたと思うよ。


「ありがとう、アーニャ。もう迷わない。絶対に帰ってくるから」

「はい……。待ってますね……」


 その後はお互い抱き合って時を過ごす。

 そしていつの間にか夕方になっていた。


「そろそろ戻ろうか」

「はい。ふふ、楽しかったです。久しぶりにデートしちゃいましたね」


「あぁ、でも今度は親子で遊びにこような」

「はい!」


 俺達は手を握りながら家に戻る。

 

 元気なったリディアとアーニャは笑いながら夕食を作る。

 

 みんなでご飯を食べて、みんなでお風呂に入って。

 

 今日はアーニャと一緒に眠ることにした。


 少しだけ愛し合って眠る前にアーニャにお願いしておいた。


「リディアとシャニを支えてやってくれ」

「はい……」


 そう答えてアーニャは眠ってしまった。

 明日はシャニと過ごそう……。

 俺も眠ることにした。



 

 

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